Trolltech:オープンソースビジネスの好事例

創業以来、Javaや.Netといった無料製品と競合する製品を販売しながら、毎年成長をつづけてきたTrolltech。フリーソフトウェアを収入源にしているこの会社、いったいどんな会社なのか。

» 2005年10月20日 17時53分 公開
[Tom-Chance,japan.linux.com]

 Opera、Skype、独Brockhaus Encylopaedia、Google Earth、Adobe Photoshop Album、KDEプロジェクト……。顧客リストにずらりと並ぶ名前を見れば、Trolltechが成功している会社であることはすぐにわかる。創業以来、Javaや.Netといった無料製品と競合する製品を販売しながら、毎年成長をつづけてきた。現在、数人のフリーソフトウェア開発者のスポンサーとなっており、その開発者は自分の仕事のすべてをGPLのもとでコミュニティーと共有している。フリーソフトウェアを収入源にしているこの会社、いったいどんな会社なのか。

 Trolltechは、1994年、Haavard Nord氏とEirik Chambe-Eng氏によって設立された。設立目標は、アプリケーション開発の助けとなるフリーのクロスプラットフォームGUIツールキットを作成することだった。2人で設立資金を捻出し、'Qt'(「キュート」と発音)というツールキットを作った。1998年、2人がKDEプロジェクトの初回カンファレンスに出席したとき、Trolltechはすでに6人の社員と42人の顧客を抱えるまでになっていたが、今日、その数はさらに膨らみ、4カ国に140人の社員、世界中に4000人の顧客を抱えている。昨年の売上高は1340万ドルである。これほどの成功が世界の投資家に見逃されるわけがなく、最近の資金調達活動では、670万ドルのベンチャ資本がTrolltechに流れ込んだ。

 Trolltechの成長は、同社のデュアルライセンス方式によってもたらされた。QtはGPLのもとでリリースされていて、誰でも無料でこれを使い、独自のフリーソフトウェアを開発できる。だが、有料のプロプライエタリライセンスも用意されており、Qtによってプロプライエタリアプリケーションを開発しようとする企業は、こちらのライセンスを使う。GPLのもとでQtを使うときは、そこで発生したすべてのコードにもGPLが適用される。

 最初、Qtにはプロプライエタリライセンスしかなく、非商業ベースの開発もそれのもとで許可されていた。これにはフリーソフトウェアコミュニティーからの強い非難があって、現在、QtはLinux、Windows、Mac OS Xを含むすべてのプラットフォームで、GPLのもとでリリースされている。それでも、デュアルライセンス方式は汚いやり方だと非難する声がある。フリーソフトウェアコミュニティーを支援しながら、プロプライエタリベンダーを不当に罰している。プロプライエタリベンダーも、Linuxのマーケットシェアを押し上げるのに貢献しているのに……。だが、この主張はたぶん正しくない。理由は次のとおりである。

 KDEプロジェクトは、Qtで開発された最初の、そして(これまでのところ)最大のフリーソフトウェア製品である。KDE開発者であり、自身もいくつかの企業を経営しているEric Laffoon氏は、これまで幾度となくTrolltechを擁護する発言をしてきた。いわく、ごくわずかなライセンス費用で、生産性が目覚しく向上する。プロプライエタリソフトウェアを開発しようというのに、ISVがQtのプロプライエタリライセンスを取得しないなんてばかげている……。確かに、拡大をつづけるQtの顧客ベースを見ると、Adobeのような大手だけでなく、多くの中小企業も含まれていて、同氏の発言は納得できる。同氏はさらに、製品をGPLのもとでリリースしようという動機づけを顧客各社に与えているという意味でも、Trolltechは自由の助長に貢献している、と言う。

 Laffoon氏の言葉の正しさは、Trolltechが毎年行っている調査の結果でも裏づけられている。最近の同社調査データによると、顧客の28%がフリーソフトウェアプロジェクトに参加したことがあり、68%がLinuxを目標プラットフォームに挙げている。Trolltech社長で、共同創立者でもあるEirik Chambe-Eng氏によると、「オープンソースの開発者のなかには、昼間の仕事として商用ソフトウェアを開発しながら、暇な時間にはオープンソースソフトウェアを開発しているという人が多いんです」と言う。「オープンソースの仕事の中でQtに出会って、それを昼の仕事場に持ち込む。で、勤め先の企業が私どもから商用ライセンスを購入するという図式です」

 口コミによる評判と、成功しているフリーソフトウェアプロジェクトからの評判の両方がTrolltechにとって重要である。Chambe -Eng氏は、Qtを「子犬を売るような製品」と言う。ペットショップでの商売のこつは、子供の手に子犬を抱かせることであり、それができれば商談は成立したも同然である。Qtでも事情は同じなのだ、と言う。「わたしどもにとって最大の難関は、開発者にQtを試してもらうことです。それさえできれば、もう誰もがQtにぞっこんですから……」KDEのようなフリーソフトウェアプロジェクトが、開発者の目をQtに向けさせるうえで絶大な効果を発揮することは、調査からも明らかである。

 GPLライセンス製品とプロプライエタリライセンス製品の2本立てでいくことで、Trolltechは大幅な事業拡大を図りながら、フリーソフトウェアの発展にも貢献できている。だが、Trolltechがやっているのは、ただQtをコミュニティーと共有するだけのことではない。KDE開発の中心にいる開発者を何人か雇用している。最近も、X11(Linuxで使用されているグラフィックスサーバ)で有名なザック・ルージン(Zack Rusin)氏を雇い入れた。

 Trolltechの社員は、プロジェクトを自由に選ばせてもらえる。「創造的金曜日」の制度もあって、金曜日には何でも好きな仕事ができる。「Trolltechに来てから、信じられないほど自由にさせてもらっています」とルージン氏は言う。ここから新しく面白いコードが生まれ、広くフリーソフトウェアコミュニティーにフィードバックされていく。Trolltechの支援を受けながら、KDEにかかりきりになっているKDE開発者もいる。たとえば、David Faure(KOffice)、Aaron Seigo(Kicker、Plasma、Appeal)、Don Sanders(Kontact)といった人々である。

 1998年、TrolltechとKDE e.VはKDEコミュニティーとの関係を緊密化させるため、KDE Free Qt Foundationを設立した。これはKDE側とTrolltechの間の合意を具体化したもので、万一、TrolltechがGPL版Qtの開発を打ち切っても、 FoundationはQtをBSD様ライセンスのもとでリリースできることをうたっている。つまり、Trolltechが善意の提供者の役割にとどまれば、KDEコミュニティーは従来どおりプロ仕様のツールキットの恩恵を受けられるし、仮にTrolltechが倒産の憂き目を見たり、株式公開に踏み切って(その噂があって、論争の火種になりかけている)フリーソフトウェアへの態度を変化させたりしても、KDEコミュニティーとしては、依然、Qt開発を続行できる。さらに、BSDライセンスという選択肢が残る以上、Trolletech社がライセンス内容の変更に踏み切れば、別の会社がいつでもBSDライセンスのもとでQtの最新リリースを取得し、自らが独自プロプライエタリ製品の開発に乗り出して、Trolltechの競争相手になれる。これは、Trolletech社がライセンス内容の変更に踏み切る意欲を殺ぐ方向に働くだろう。

 KDEコミュニティーに対するTrolltechの支援的態度は、もちろん善意だけによるものではない。有志からのパッチ提供やその他のフィードバックが期待でき、製品の改良に役立つという計算がある。また、KDEデスクトップ環境は、同社の技術を誇示する絶好の陳列ケースであり、フリーソフトウェアコミュニティーやISVにさえも採用を促す力になるだろう。フリーソフトウェアコミュニティーとの間に「共栄」的関係が築かれれば、評判とコミュニティーからの支持があいまって、Qtにとっては無料の巨大マーケティングマシンとなる。Chambe-Eng氏の言葉では、どちらも「私どものビジネスモデルの不可欠な一部」だという。

 さて、Trolltechの将来の見通しはどうだろうか。モバイル市場への足がかりもできた現在、同社は視線の先にMicrosoftとSymbianをとらえている。ここでも、KDEの力は大きい(Nokiaの技術者がKDEの技術を使用している)。Qtの最新バージョンであるQt 4は、GPLのもとで初めてWindows上でリリースされ、Windowsプラットフォームでの開発に役立ついくつかの変更を含んでいる。Trolltechのプロプライエタリライセンスは、これからもフリーソフトウェアコミュニティーのあちこちから非難を浴びつづけるだろうが、同社の成功には今後も陰りはなく、Trolltech自身はもちろん、Qtを使用する人々へも恩恵をもたらしつづけるだろう。

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