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» 2005年11月16日 19時33分 UPDATE

フリーソフトウェアとカトリック教義の驚くべき共通点 (1/3)

カトリックの総本山バチカンが発表した声明文の中には、フリーソフトウェアの倫理に通ずるものも見られる。フリーソフトウェアとカトリック教義の共通点について考える。

[Marco-Fioretti,japan.linux.com]

 「インターネットを支えている技術の組成は、インターネットの倫理的側面に重大な影響を及ぼさずにおかない。新しい情報技術とインターネットの使用を導く精神は、共通善への奉仕に向かって連帯することと、その連帯の実践に向けた固い決意でなければならない。インターネットには、標準の設定と、[共通善を]助長し、保護するためのメカニズムの確立が必要である。新技術へのアクセスは、個人・団体・国家のすべてに開かれていなければならず、サイバースペースは幅広い情報とサービスの源として、さまざまな言語により無料で全員に提供されなければならない。このプロセスを推し進めることで勝者となるのは、科学技術と地球資源を支配する富裕エリート層だけではなく、人類全体である。私的・公的セクターにおける断固たる行動により、デジタルデバイドを縮小し、最終的に消滅させていかなければならない」

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 上の声明文は、Free Software Foundation(FSF)の創設者、リチャード・ストールマン氏が書いたものといっても通用しそうだが、実はカトリックの総本山バチカンが発表した“Ethics in Internet”(「インターネットの倫理 - EiI」)という文書の一部である。これをFSFの立場(「社会には、真の意味で市民に提供される情報が必要である。例えば、単に実行できるだけでなく、読み、修正し、改変し、改良できるプログラムが必要である」)と比較してみると興味深い。

カトリック教義とフリーソフトウェアの接点

 フリーソフトウェアとは、技術的には(倫理的にも)価格のいかんにかかわらず改変と共有が自由で、PC台数に基づく費用・印税・特許料・その他類似の制約からも自由なソフトウェアを指す。ファイルフォーマットと通信プロトコルにも同じ定義が適用される。ここでいう「フリー(Free、大文字に注意)」は、いま述べた条件のもとで提供されるソフトウェアと標準にのみ使用できる言葉である。さて、ここ数十年の間にカトリック教会が発行してきた文書には、情報技術に対するこのアプローチと明らかに一致している記述が見られる。

 本稿では、ソフトウェアプログラムを機械の1カテゴリと見なすことにして、まず、1967年に法王パウロ六世が発表した民族発展に関する回勅、“Populorum Progressio”を見てみよう。この中に「既存の機械類を修正しないと、富裕国と貧困国の差は縮まらず、むしろ開いていく」というくだりがある。

 次いで1971年には、社会的コミュニケーションに関する司牧指針、“Communio et Progressio”(CeP)が出された。ここに次の記述がある。

知る権利は、情報を求める義務と切り離せない。情報はただ発生するのではなく、求めて得られるものだからである。一方、求める情報が確実に得られるようにするには、各種社会的コミュニケーション手段へのアクセスが保証されなければならない。

 この論理を突き詰めると、カトリック教会はプロプライエタリなファイルフォーマットやコンピュータプロトコルを使用するべきでないという結論になる。プロプライエタリでは、情報へのアクセスを阻害し、制限し、あるいはエンドユーザーに特定の(ときに高価すぎる)ソフトウェアプログラムを押しつける危険がある。

 これは、プロプライエタリな電子メール添付を駆逐しようというストールマン氏の発言によく似ている。

情報への権利は、通信の自由と不可分である。

 これをコンピュータベースの通信に当てはめると、情報への権利はフリーなフォーマットとフリーなプロトコルによってのみ保証される、ということである。また、コンピュータユーザーは、そのような通信のために使うプログラムを自由に選べなければならない。ストールマン氏も同じ希望を述べている。

通信の自由ということは、個人やグループが自由に情報を求め、自由にそれを広めることを意味する。また、メディアに自由にアクセスできることをも意味する……。

メディアは、大きな文化的潜在力をもっている。1例をあげよう。世界には、古代からの文化遺産をいまだに物語・芝居・歌謡・舞踊の形で継承している国々がある。そうした伝統的民俗芸術の紹介と普及には、メディアが絶大な力を発揮できる。最新の技術を用いれば、それを広く世界に紹介することも難しくない。たとえば、反復視聴に堪えるフォーマットに記録しておけば、すでに古い伝統が消え失せている地域でもその芸術にアクセスできる。それは当の国民の文化的アイデンティティを育むことにつながり、さらには他国の国民を喜ばせ、他国の文化を豊かにすることもできる。

 多くの発展途上国は、すでにフリーのソフトウェアとフォーマットによって自国文化遺産の保存に成功している。フリーソフトウェアは、最小の費用で手早く改変でき、どのような言語や方言にも合わせられるから、その目的には特に適している。そうしたツールの存在は、世界中のカトリック宣教師にとってもありがたいことだろう。

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