ソフトバンクモバイルの次の手は孫正義の強さが裏打ちする!?「行く年来る年2006」ITmediaエンタープライズ版(2/3 ページ)

» 2006年12月28日 11時00分 公開
[津田聡一朗,ITmedia]

決戦前夜――極秘裏に進めた「奇策」を明かす

 通知から4時間も経たない同日夕、孫は会見場に姿を表した。

 会見を開く際、孫が好んで使う場所は2つある。一つは第2四半期の決算説明会を開いた、東京・千代田区の高級ホテル。もう一つは、この緊急会見の場に選んだ、同港区の高級ホテルである。

 会場は、やや奥行きを取った「縦長」に仕切られた。壇上にセットされたマイク位置は向かって右端。その前には20人ほどの報道カメラマンが陣取った。

 場内の照明がやや不気味なくらいまで落とされ、オープニングセレモニーのように正面の巨大スクリーンにイメージビデオが映し出される。そしてまもなく、マイクの右手手前10メートルほどのところに設けられた扉が開いた。扉の向こうの明るさが漏れ入る瞬間は、会場内に閃光が放たれたような衝撃をもたらした。

 孫は、そこから意気揚々とした面持ちで入ってきた。会見の始まりを今か今かと待ち構えていたカメラマンにとっては右手後ろ。そのうちの1人が孫の登場を察した途端、カメラマンは一斉に右手に振り向いた。壇上前から扉に向かってフラッシュがしきりにたかれる。会場内の全視線もそこに注がれ、ビデオ映像は2、3分ほど「空回り」したようだった。

 「一体、何を話し始めるのか」――孫がマイクに向かったとき、報道陣の視線は、ともすると大好物のえさを目の前にした猛獣のようだったかもしれない。翌日に控えたMNP導入に関する内容であることには違いない。だが…後になって盛んにやゆされた「予想外」戦略については、このときだれも何も知らなかった。

 「今日の日まで、だれにも漏れないように徹底してきた」――孫は会見でこう明かした。「奇策」のプロジェクトは一部の社員だけで進めてきた、と。ソフトバンクモバイルの営業マン担当者らなども、この日まで一切知らされていなかった。販売店員には、このとき同時に全国9会場で説明していた。テレビCMのフィルムも、この23日にテレビ局に納品した。

 つまり、当然、24日から「奇策」を導入するのは無理だった。それゆえ、ソフトバンクモバイルだけMNP制度導入が26日となった。決戦前夜に明らかになった、「討ち入り2日遅れ」の背景だ。

 「0円――」に代表される孫の数々の奇策が一つ一つ説明されていく緊急会見の最中、報道陣らは動揺する素振りすら見せなかったものの、多かれ少なかれ驚いていたのは間違いない。1時間足らずの間、孫の言葉にただ聞き入るだけだった。

 孫も、とにかく真剣な眼差しを見せ続けた。冗談ではないことを訴えるためだ。とはいえ、笑みがこぼれるのを抑えきれない瞬間は頻繁に訪れた。「どうだ。びっくりしたか」――そう言わんばかりの笑顔だったように見えた。孫は恐らく、これが逆転ホームランになることを確信していたに違いない。五合目はおろか、ともすると、一気に頂上まで駆け上がる自らの姿をイメージしていたかもしれない。

「奇策」を発表するごとに笑みもこぼれた

裏目に出た勝負 反骨精神が跳ね返す

 孫の「笑顔」は同夜、ブラウン管に流れた。それを目の当たりにし、非常に不快に感じたのは、NTTドコモとKDDIの両社長の二人に集約されるのではないだろうか。中村維夫と小野寺正。明くる24日の早朝から繰り返されたMNP導入開始のイベントから、その不快感をあらわにし始めた。そしてそれは、日を追うごとにエスカレートしていった。

 「ソフトバンク(モバイル)の手法には違法性がある」――そうした報道・発言が矢継ぎ早に繰り返されるようになった。同時に、ユーザーの間にはソフトバンクの料金体系を疑心暗鬼の目で見る風潮が強まった感がある。ソフトバンク(モバイル)は本当に安くつくのか――様子見をするユーザーも増え始めた。

 せっかくの奇策も仇となり、形勢逆転を図るどころか集中砲火を浴びることになった孫。その目には、五合目の姿もやや遠ざかったように映った瞬間があったことだろう。

 だが、そんなことではへし折れない強さが孫にはあった。密かに巻き返しに打って出始めた。その一つが、決算説明会での「2部構成」だった。

 「ソフトバンクたたき」の真っ只中というタイミングで開くことになった決算説明会。ただでさえ大勢の報道陣が集結することは、孫は百も承知だ。「MNP/0円絡み」の質問が集中するのは避けられない。そこで、あえて「MNP/0円絡み」についての説明はすべて「第2部」で実施することを考えた。会見の冒頭で、まずは時勢を踏まえて丁寧に謝罪。広告表示を改善することなどのアピールも加え、MNPに関する質問などには決算説明後にまとめて対応することを触れた。

 決算説明に入り、約1時間が経過して、質疑応答へ。数字や戦略に関する質問に粛々と対応していく。そして、質問が尽きるころ合いを察し、孫は切り出した。「では、MNP関連の質問を……」。時計の針はすでに18時を回っていた。

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