『1984年』の監視社会から読み解く情報発信の自由度ネットは国家の情報統制に対抗する力をもたらすか(1/4 ページ)

インターネットの利用を制限し、小説さながらの監視社会を作り出している国家がある。その実態はどのようなものなのか。

» 2007年11月23日 08時00分 公開
[岡田靖,ITmedia]

 去る10月下旬に開催された国際セキュリティカンファレンス「Black Hat Japan 2007」の中でも、Kenneth Geers氏の講演は非常に強い社会的メッセージを込めた、異彩を放つ内容だった。

小説『1984年』の世界とは

 Kenneth Geers氏は、「Greetz from Room 101」(101号室からの手紙)と題した印象的なセッションを行った。「101号室」とは、ジョージ・オーウェルが1949年に発表した小説『1984年』の中で、主人公ウィンストン・スミスが拷問を受ける部屋である。

 『1984年』に描かれているのは、映像と音声による双方向の通信手段「テレスクリーン」が街中いたる場所で監視する、自由のない社会。「偉大な兄弟」(ビッグ・ブラザー)を中心とした一党独裁国家の統制の下、市民は思想や言語から性生活に至るまで、あらゆる人間性を管理されている。それは住居の中でも同じだった。

画像 Kenneth Geers氏は『1984年』の世界を引用して国家による情報統制について講演

 セッションの冒頭でGeers氏が流したのは、『1984年』の映画のワンシーン。ベッドから起きたばかりのウィンストン・スミスが、部屋の壁に埋め込まれたテレスクリーンの前に呼び出され、朝の義務として体操をする。女性の体操教官がテレスクリーン越しに手本を示し、叱咤(しった)するが、前屈運動などはウィンストンにとって嫌なものだった。苦しく、しかも退屈な運動をしながら、彼は別のことを考えていた。

 小説『1984年』(ジョージ・オーウェル著・新庄哲夫訳、ハヤカワ文庫NV)では、このように描かれている。

 「スミス!」テレスクリーンから口やかましい声が絶叫した。「6079号、スミス・W! そうです、あなたです! もっと腰を曲げてください! もっとうまくできるはずです。あなたはやる気がありません。もっと曲げてください! その要領です、同志。では休めの姿勢で、全員、私を注目してください」

 突然ウィンストンの全身から熱い汗が吹き出した。顔は完全に表情の変化を押し殺したままだった。狼狽の色を表に出すな! 反感の色を示すな! 瞬きひとつでも本心を見抜かれることもある。


 ウィンストン・スミスは「真理省」に勤める下級官僚で、党の指示に従って政府の記録や出版物を書き換える作業に従事している。つまり歴史や事実の改ざんだ。

 党のスローガンは、「過去を支配する者は未来まで支配する。現在を支配する者は過去まで支配する」である。過去にまつわる情報を統制することで、強固な権力基盤を築いている。

 国民の多くは、すなわち情報を自由に扱うことができない。厳しく統制されているのである。

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