教育の現場で活用される情報技術――町田市教育委員会

「いかに教育の現場で活用できるITを導入するか」「導入されたITを教育の現場でいかに活用していくか」――この両方を重視したプロジェクトが東京都町田市の「学校ネットワーク整備事業」だ。この取り組みの全体像について、町田市学校教育部の田後毅氏に聞いた。

» 2008年02月25日 21時32分 公開
[山本不二也,ITmedia]

 東京都町田市では、市内のすべての小中学校に対して「教育の現場で積極的に活用できるIT環境」を提供し、実際の活用法を提案するための「学校ネットワーク整備事業」を2005年から実施している。町田市教育委員会は同事業の実施に当たり、まず市内60校の小中学校を100Mbpsの光回線で接続、児童生徒用のクライアントPCを各校40台ずつ一括導入した。

 もちろん、こうした設備を投入しただけでは十分ではなく、「そのITを利用していったい何をするのか?」が重要となる。町田市の場合は、「アプリケーション配信システム」「コンテンツ共有システム」を事業の2本柱として、教育の現場にITを生かしている。この2つの具体的な内容について、町田市学校教育部の田後毅氏に話を聞いた。

田後毅氏 町田市学校教育部指導課教育センター主幹の田後毅氏

アプリケーションをサーバ側で一元管理

 事業の1つめの柱となる「アプリケーション配信システム」は、学校で利用するソフトウェアを、SBC(Server Based Computing)方式によってクライアントPCへ一括配信するものだ。システムは富士通の「MAGICLASS Z!Stream」を利用して構築されており、「ホームページ・ビルダー」「Adobe Photoshop」「ジャストスマイル」などのアプリケーションをストリーミング配信している。

 SBCではそれぞれのクライアントPCに個別にアプリケーションをインストールする必要がないため、ソフトウェアのバージョン管理やライセンス管理をサーバ側で一括して行うことができる。これにより、ソフトウェアの運用管理コストが大幅に削減できるのだ。また、金額的なコスト削減だけでなく、特に「現場の学校側でソフトウェアを管理しなくてよい」というメリットは大きい。ITを導入したせいで先生に余計な手間を取らせてしまうようでは、本来の授業に向けられるべき労力がそれだけ削られることになるからだ。そんな状況になっては、ITを導入しても本末転倒だろう。

 「ITを導入しても、現場の職員が使いこなせない――こうした問題は昔から必ず存在し、そして現在でも解決していません。もちろん『ただITを使う』というだけなら、ほぼ100%の教職員が使えます。もはや公務でのIT活用は必須ですから。しかし、『授業にITを活用できるか?』というと、なかなかそうはいかない。今後、教育委員会としては、研修などを行なって、教職員のITリテラシーを底上げする必要はあるでしょう。そのためにも全教職員にPC1台という環境を目指しているのですが、これがなかなか難しい。現状は2人でPC1台程度の水準だと思います。こうした状況の中、ITを使いこなせない先生の負担を少しでも減らす意味でも、アプリケーション配信システムを導入する意味があると考えています」(田後氏)

PC教室に並んだ児童生徒用PC。市内すべての小中学校に、同じ機器が40台ずつ導入されている。なお、これとは別に教職員用や障がい学級用のPCも導入されている

ベテラン先生のノウハウをWebで共有「授業おたすけ工房」

 町田市学校ネットワーク整備事業における2番目の大きな柱が「授業おたすけ工房」と呼ばれるWebベースのコンテンツ共有システムだ。これは、授業に役立つコンテンツ(教材)を学校間で共有するためのサービスである。サーバに蓄積されたコンテンツは、「教材の部屋」「指導案の部屋」「モデル授業の部屋」「学校情報広場の部屋」の4つに大きく分けられ、市内のすべての学校職員が閲覧可能なだけでなく、先生が自分で作ったコンテンツを公開することも可能となっている。

 「教材の部屋」は、授業で活用できるデジタル教材が3000本以前掲載されており、先生だけでなく生徒児童も自由に閲覧できるようになっている。「指導案の部屋」と「モデル授業の部屋」は、先生を対象としたコンテンツであり、授業実施のノウハウが蓄積されている。

 特に「モデル授業の部屋」には、「授業の達人シリーズ」としてベテラン先生の授業風景が映像コンテンツとしてアーカイブされている。引退が近い団塊世代の先生の技術を新人の先生に学んでもらうことが目的であり、これ全体で1つのナレッジマネジメントシステムを構成しているといえるだろう。

 町田市学校ネットワーク整備事業の中核となす授業おたすけ工房。「金をかけてインフラを整備してハードウェアを導入して、そこで終わり」ではなく、「導入したインフラとハードウェアを使っていったい何をなすべきか」をきちんと提案する。「授業おたすけ工房」のコンテンツ群そのものが、教育委員会からの1つの提案というわけだ。

 「単にITを導入するという意味ならば、『全校に100Mbpsのインフラを整備』『全校に40台の児童生徒用PCを導入』『全校に無線LANアクセスポイントを設置』などなど、ある程度の目標は達成されたといえます。しかし、ITというのは手段であって、それ自体が目的ではありません。町田市が教育現場にITを導入した目的は『質の高い教育』の実現であり、そのためには、「授業おたすけ工房」のコンテンツ充実が不可欠です。教育委員会側では積極的に教材の提案/整備を行ない、コンテンツ全体の充実を図っていますが、それらのコンテンツの中には、現場であまり利用されていないものもあるんですね。われわれの用意したものが利用されないということは、どこか現場とのギャップがあるわけです。デジタルコンテンツ――特に、動画やインタラクションをふんだんに利用したリッチなコンテンツ――といえば、真っ先に理科の教材なんかがわれわれにはピンとくるのですが、現場で本当に必要とされているのは、もっと別のものかもしれません。今後、教職員にアンケートを行いこのギャップを埋めつつコンテンツを充実させていくことになるでしょう」(田後氏)

「授業おたすけ工房」の「教材の部屋」より、デジタル教材の例。「授業おたすけ工房」の中には、こうした教材コンテンツが3000点以前掲載されている

「やはりお金には苦労しました」

―― アプリケーション配信システムとコンテンツ共有システム以外には、学校でどのようにITを利用していますか?

田後 Webを使った「調べ学習」などでは、ごく普通にITを利用しています。もちろん、こうした「調べ学習」では生徒児童がインターネット上のWebサイトをどんどん見にいくわけですから、Webフィルタリングは相当強力にしてあります。それ以外の事例としては、TV会議システムを利用した交流学習の事例がありました。神戸市の小学校やオーストラリアの小学校に協力いただき、インターネットを利用してコミュニケーションを図ったもので、いずれのケースも子どもには講評だったようです。

―― 「学校ネットワーク整備事業」の実施に当たって、技術面での困難はありましたか?

田後 技術面ではまったく問題ありませんでした。というのも、学校ネットワーク整備事業の2年前(2003年)に、町田市は市役所高速化事業を実施しており、その際に市内50拠点のインフラを整備した実績があったからです。行政の方が成功に終わったので、次は教育の現場を整備しようという流れとなり、学校ネットワーク整備事業に結びつきました。既に実績がある以上、技術的な心配はありませんでした。

―― では、どのような面でいちばん苦労されましたか?

田後 やはりお金の調達です。学校ネットワーク整備事業を実施するに当たり、あてにしていたのが総務省の補助金(地域イントラネット基盤施設整備事業)でした。補助金を獲得するため、2004年度は足しげく総務省に通い詰めたものです。しかし、総務省には「町田市の環境はめぐまれている」と判断されたようで、結局は補助金を獲得できませんでした。その代わり、地域活性化事業債(地方債)を借りることができたので、どうにか整備事業をスタートできましたが……。

今後の課題は情報セキュリティ対策

 2005年に始まった町田市教育委員会の取り組みは、現在もなお続いている。町田市の学校教育全体にかかわるIT事業について、田後氏は次のように将来的な展望を語ってくれた。

 「子どもたちの利用するIT環境は、2005年以降の努力のかいがあり、ほぼ目的を達成した感もあります。となれば、次はやはり教職員の環境整備が急がれるでしょう」(田後氏)

 確かに、授業おたすけ工房でコンテンツ共有システムを提供していても、肝心の先生がコンテンツを制作する手段(PC)を持たなければ、そのメリットが半減してしまうだろう。「教職員1人に1台のPC」が当面の目標ではあるが、やはり実現するためには予算の壁が立ちはだかる。それでも田後氏としては、なんとか4〜5年以内に整備を完了したいそうだ。

 その先となると、やはり情報セキュリティ対策が最大の問題になってくるという。幸いにも町田市では個人情報漏えい事故は「まだ」起こっていない。しかし、ほとんどの先生が、何らかの形で家に仕事を持ち帰っている現実もあり、早い時期に何らかの対策を行う必要があるという。教職員に対してセキュリティ意識の啓発/教育を行なっていくことも重要だが、彼らもやはり人間である以上、そういった対策だけでは事故を防げない。

 町田市教育委員会では今後、こうした問題にどうやって取り組みんでいくのかが課題となる。

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