ルーブル美術館で披露された芸術的なコードとアイデアImagine Cup 2008 Report

世界中から集まった優れた学生たちは、環境問題に対してテクノロジーは何ができるのかの一端を示してくれた。芸術の域に達しようかというそのレベルは、ルーブル美術館に集まった多くの観客を沸かせていた。

» 2008年07月08日 08時00分 公開
[西尾泰三,ITmedia]

 フランスのパリで開催中のImagine Cup 2008も大詰めを迎えようとしている。一番の花形であるソフトウェアデザイン部門、そして組み込み開発部門、ゲームプログラミング部門で厳しい戦いを勝ち抜いてきたチームは、日本人観光客も多く訪れるルーブル美術館内のホールで数百人の観衆を前に最後のプレゼンテーションへと臨んだ。

エネルギー資源以上に深刻な水資源


David Burela 群馬県でのホームステイ経験もあるデビッド・ブレラ氏。手にはセンサー機器、そして脇には彼の国でおなじみの動物が。「メンターだよ」

 現在、水資源の70%近くが農業用水として用いられているが、これは逆に考えれば水資源なしに農業は成り立たないことを意味する。農業が成り立たなければその先にあるのは食糧難なわけだが、近年、多くの地域で深刻な水不足が起こっており、エネルギー資源と同等かそれ以上に大きな課題となっている。最初にプレゼンテーションを行ったオーストラリアはここに着目した。彼らのソリューションは、地表の温度や湿度を太陽発電で動作する機器でセンシング、サーバを介して農業用スプリンクラーと連動させることで、過度の散水を防ごうというもの。センサー機器の位置情報をVirtual Earthと連携させることで、散水場所の可視化を図るなどの工夫も見られた。すぐに実用可能という意味では高い評価が期待される。



ミニチュアのデモ環境も用意するなど、見た目の分かりやすさが特徴的だったハンガリー

 ファイナリストに残ったチームの中で水資源に関するソリューションを提案したチームはもう1チーム存在する。それがハンガリーだ。彼らも現在の水事情を「Water Cricis」であるとし、それに対する策が必要であると訴えた。

 オーストアリアと異なるのは、センサーは地表の湿度のみを測るもので、天気情報などは外部のWebサービスから取得している点や水源の情報なども取り込もうとしている点だ。また、農作物または植物ごとに適切な散水量は異なる点に着目、自然言語に近い構文で散水時のポリシーを記述できる言語「WRL」(Watering Rule Language)を提案、その言語に重きを置いたプレゼンテーションとなったが、その使いやすさを生かした展開を図りたいと話す。

また、シミュレーションでは平均で10%程度散水を抑えることができることが確認されていると明かす。たかが10%と思うかもしれないが、水資源の70%程度が農業で用いられていることを考えれば、その効果は大きい。機能面ではオーストアリアと一長一短があるが、ハンガリーはイメージ映像と声の抑揚をうまく使い、水資源の問題の大きさをうまく伝えるプレゼンテーションを行っており、その点は高く評価されるのではないかと感じた。


 水資源に関する緊急度でいえば、農業用水より先に飲料用水の問題が先にあるのではないかといった指摘も可能だろう。しかし、環境への対策というと、消費電力の削減などに目がいきがちなわたしたちからすると、こうした点に着目し、それを解決しようとする彼らのソリューションは新鮮に映る。食物や水が眼前にありながらもそれを採ることができず、永遠に飢えと渇きに苦しむタンタロスの神話が現実のものとなりつつある今だからこそ、もっと考えられるべき問題なのかもしれない。

消費電力を削減するベストオブベストなソリューション

写真が傾いているわけではない

 消費電力の削減に着目したのが、中国やスロバキア。すでにお伝えしたように、スロバキアのソリューションは、Windows CE 6が動作するコントロールボックス(eBOX)をハブに、電化機器の消費電力などの情報を収集、それらの統計や分析を行い、アドバイスやパーソナライズなどを図りながらさまざまな機器で生じている無駄な電力消費の抑制を図るというもの。まだまだユーザーインタフェースの部分に改善の余地も感じさせるが、さまざまな技術を無理なく1つにまとめられていた。日本代表のNISLabが考えたソリューションと基本的は同じで、NISLabと比較して突出して優れた点があるわけでもないが、それでも多くの点で薄皮を積み重ねるように丁寧に作り込まれており、それが結果として大きな差になっている印象を受ける。


 一方、第1、第2ラウンドと報道陣を入れずにプレゼンテーションを行うのが通例となっている中国のソリューションは、家電機器の電源プラグとコンセントの間に省電力で低コストなZigBeeモジュールを挟み込み、家電機器の消費電力をモニタリングし、BI的な機能を提供するもの。機器の電源を動的に制御する部分にはあえて踏み込まず、データの分析から派生する機能に可能性を見いだしていた。特に、カタログスペックと実際の消費電力の違いを基に、本当に買うべき家電機器もしくはおすすめできるベンダーの絞り込みをソーシャルネットワーク的な機能で行うことで、消費者が家電ベンダーに対する影響力を持ち得るようなシステムとなっている。また、画面を少し傾けたような斬新なユーザーインタフェースであったことも観客の注目を集めていた。15度ほど傾いたユーザーインタフェースは間取り図の中から任意の部屋をクリックするとその下に家電製品が示され、家電製品を選択すると右側にリアルタイムで消費電力の状況などが可視化される。アプリケーションの作り込みという点ではファイナリストの中でも屈指の仕上がりだったが、実際のデータハンドリングが見えにくく、デモに特化したような作りになっていたことは指摘しておきたい。

 人口が多い自分たちのような国が、こうした取り組みを行うことは非常に意義があると話す様を見て、消費電力に無関心な国である、という勝手な偏見を持っていた記者は恥じ入るばかりだった。彼らは今回のImagine Cupでの発表を第1ステップととらえており、第2ステップでは、ZigBeeモジュールの普及、そして第3ステップでは中国政府やベンダーの支援を受けて、自らのアイデアを世に送り出したいと話す。長期間で取り組むという明確な意志を示したことも審査員には高く評価されるのではないだろうか。


人がつながることが環境問題解決の第一歩

 ほかの国々とは毛色の異なる視点で臨んだのがブラジルとポルトガル。食用油などの無駄な廃棄を減らそうとするポルトガルの視点も斬新だが、ブラジルの視点は興味深いものがあった。ブラジルは、環境問題の1つに特化したものではなく、ユーザー、政府機関、大学、企業、そしてNGOといった存在をどう連携し環境問題に取り組むかといったことに重点を置いたソリューションを提案した。システムの概要としては、SNSやブログ、Flickerなどで得られるような情報をフックにするもので、例えば誰かがFlickerにアップした赤潮の写真をその位置情報からVirtual Earth上にプロットし、政府機関や大学、メディアなどから提供を受け、同様にプロットされた関連情報(赤潮の発生条件、その時間帯の海水の温度、同様の条件で同じような問題は発生していないかなど)をまとめて閲覧できる状態にし、それらを判断材料としながら、必要であればプッシュ型の方法(モバイルデバイスやMedia Center経由)でそうした問題に対応する協力を求める、といったことを可能にするものだ。


 言い換えればブラジルのソリューションは問題に対する横の連携を採りやすくしようとするものだといえる。環境というテーマであれば広い意味で誰もが利害関係者となるため、これが可能になれば問題への迅速な対応も行えるのではという期待もある。とはいえ、エンドユーザー間での環境に対する問題意識にはばらつきもあるため、自分が何気なしに撮影した写真が基である日突然NGOから協力を求められるといった場合に、どれだけのやる気が期待できるかといった問題はある。しかし、組織と市民との連携という難しい問題に対してひたむきに取り組み、マルチタッチなどの技術もふんだんに盛り込んで完成度の高いソリューションを完成させた自信はプレゼンテーションの節々から感じられ、それが迫力のある発表となっていた。


 環境というテーマは、すでに悪化している状態を改善するというマイナスの立ち位置からスタートすることになるため、いきおい現実的なソリューションが並びがちだ。その意味では過去のImagine Cupに数多く見られたワクワクするソリューションといったものは少ないように感じる。未来を救う、という重いテーマを学生に課すのは酷な話なのかもしれないが、それでも彼らはテクノロジーを活用してそれに答えようとしている。「You win, We all Win」――Imagine Cupでたびたび口にされるこの言葉は今回のテーマとよく合致している。環境というテーマに取り組んでいる時点で、勝敗を超えた意義がそこにある。

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