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» 2008年08月08日 00時00分 UPDATE

泥のように働かないために――マイクロソフトから高専生にもたらされた福音

国立高等専門学校機構とマイクロソフトが世界に通用するIT人材の育成で新たな一歩を踏み出した。大規模な形で「高専始まったな」を感じさせる取り組みとして注目される。

[西尾泰三,ITmedia]

 「高専始まったな」――国立高等専門学校機構(高専機構)とマイクロソフトが発表した「共同教育プロジェクト」の内容を受けて、記者はこうした印象を強く持った。同プロジェクトは2008年8月から2009年3月にかけて継続的に実施されるもので、その目的はただ1つ、国際競争力のある人材の育成である。

小田公彦氏 「高専機構としてどこと一緒にやっていくかを考えたときに、マイクロソフト以外という可能性もあったかもしれないが、これまで彼らとやってきた実績に対する学生たちの満足度を調査した結果、懸念は吹き飛んでしまった」と高専機構の理事を務める小田公彦氏

 この取り組みの第一弾として用意されるのが、8月11日から13日にかけて開催される「ITリーダー育成キャンプ」。このキャンプでは、テクニカルな知識ではなくロジカルコミュニケーション、ロジカルシンキング、プロジェクトマネジメント、リーダーシップといった学校では教わることが難しいヒューマンスキルの習得を目的としている。さながら体を酷使しないビリーズブートキャンプといったところだ。

 今回このキャンプに参加する高専生は21名。いずれも全国高専プログラミングコンテスト(高専プロコン)などで優秀な成績を収めた高専生だ。このほか、Imagine Cup 2008のソフトウェアデザイン部門で日本代表として参加した同志社大学の学生3名も参加して交流を図る。

 単にヒューマンスキルの習得で終わらない。キャンプ最終日には、アプリケーション開発のテーマが与えられる予定で、参加者はそれぞれの高専に戻った後でプロジェクトチームを立ち上げ、キャンプを通じて習得したスキルを活用しながらプロジェクトリーダーとして2009年3月までにアプリケーションを開発するというストーリーが敷かれている。

IT業界で泥のように働かない秘訣は

tnfig1.jpg 「IT業界で真に活躍するには技術力に+αが必要。それがヒューマンスキル」とマイクロソフト大場氏

 グローバル化する社会の中で、国際競争力のある人材が求められているのはどの業界でも変わらないが、ことIT業界は日本の情報通信関連学科の学部卒業生がインドや中国のそれと比べて大きく水をあけられている状況下にあり、「専門的な知識」「実践的な技術」「創造的な視野」「国際的なリーダーシップ」などを備えた人材の育成が大きな課題となっている。

 マイクロソフトの執行役であり、デベロッパー&プラットホーム統括本部長も務める大場章弘氏は、自身がMicrosoft本社で勤務したころの経験から、今回の取り組みの意義を次のように語る。

「Microsoft本社では世界各国から集まった大勢の人間が活躍しているが、ヒューマンスキルの重要性を強く感じた。IT業界で活躍するためのベースとなる技術力が必要なのは言うまでもないが、活躍できるかどうかはヒューマンスキルのようなプラスアルファの部分が必要。高い技術力を持つ高専生にこうしたスキルを習得できる場の必要性を感じている」(大場氏)

 国立大学では独立行政法人化を機に基本的に1大学1法人での運営を行うケースが多い中、高専は各校が地域との連携を独自に行いながらも、高専機構がたばねる学校群として存在している。高専間のPCをグリッドでつなぐ「高専連携グリッドプログラム」などが展開できるのも高専ならではだ。

 もともと高専は、大学が教育と研究のはざまで常に揺れているのに対し、当初から教育研究を柱としてきたが、近年、高専機構がたばねる学校群という強みを生かし、全国規模で人材育成に取り組む姿勢が見られる。マイクロソフトとしても、1つの大学と人材育成への取り組みを進めるより、全国の高専生を対象にできることのスケールメリットを見いだしているようだ(もっとも、東京大学や京都大学といった優秀な学生が集まる大学と組むことで得られる効果を否定するものではないが、概して言えばスケールメリットが得やすいとはいえるだろう)。

田中達彦氏 マイクロソフト田中氏

 今回の共同教育プロジェクトも、高専機構とマイクロソフトが2007年10月から連携して実施している「高度IT人材の育成支援」の強化策という位置づけ。高度IT人材と書くと抽象的だが、専門的な知識に、(学校では教えることが難しい)実践的なヒューマンスキルを融合させるため、両者は地道に取り組んできた。キャラバンカーで最新のIT技術を高専に伝えて回った「全国高専キャラバン」は高度IT人材の育成支援の取り組みの1つだが、こうした取り組みを通じて、両者の信頼関係は熟成されていったのだ。「人材育成に対するマイクロソフトの実績、熱意を感じている」(高専機構の理事を務める小田公彦氏)

 マイクロソフトで長らく学生に向けてメッセージを発してきた人物の一人がデベロッパー&プラットフォームアカデミックテクノロジー推進部高度IT人材育成担当マネジャーを務める田中達彦氏。同氏も今回の取り組みについて、「高専生でアプリケーションを作ったことのある方は多いかもしれないが、プロジェクトマネジメントを意識したことはないかもしれない。本来なら企業に入ってから学ぶことをいち早く実践できる場を作りたかった」と喜びを語った。

きれい事では? という思いを払しょくさせる取り組み

 国際競争力のある人材の育成を目的とする今回の取り組みだが、記者は「高専始まったな」と思う一方で幾つかの不安も同時に感じたことも告白する。

 まず、今回のITリーダー育成キャンプに参加しているのが、参加高専の数は全国の高専の半分にも満たない18高専“だけ”であるという点である。今後数回こうしたキャンプが行われる可能性もあるが、高専ごとにこの取り組みに対する温度差があるのではないかと不安にさせられる。高専機構の理事を務める小田公彦氏は、実際には倍以上の高専から申し込みがあったが、全国高専プログラミングコンテストなどの実績や志望動機といった要素だけでなく、校長の推薦も要素に加えたことで、相当に厳しい選出基準だったことを明かし、高専としてはこの取り組みにかなりの期待を持って取り組んでいる姿勢をみせた。

 また、3日という短期間でヒューマンスキルを身につけてもらうためには、教える側、つまりカリキュラムの質も問われる。この点について田中氏は、「マイクロソフト社内でマネジャー以上を対象に受講が必須となっている研修のエッセンスを取り入れた。この研修でトレーナーをしていただいている方にも今回参加いただく予定」と話す。また、高専機構側も長野高専の堀内征治教授を中心とするIT共同教育プロジェクトワーキングチームを組織。カリキュラムの立案、講義内容の検討や添削指導などを実施する予定となっている。

 そして、最も記者が危ぐしていたのが、「アプリケーション開発のテーマが与えられる」という点である。これはアプリケーションという形の成果物が生まれることを意味するが、その評価を行う場として、マイクロソフトはImagine Cup――正確にはImagine Cupの国内予選に相当するStudent Day――を想定しているのではないかと感じたのだ。この結論を前提に考えれば、アプリケーション開発に必要な言語やツールをCやC#、Visual Studioなどで固めることが求められるわけで、Imagine Cupに日本から優秀な学生を参加させるための取り組みを美談に仕上げているだけではないかという思いを抱いたのだ。

 しかし、これらの邪推はまったくの見当違いだった。国立高専機構で本部事務局教授/教育研究調査室長を務める市坪誠氏は、「マイルストーンの1つとしてImagine Cupや高専プロコンのような大会を目指すこともあるかもしれないが」と前置きした上で次のように話す。

 「言語や開発ツールに縛りはない。重要なのは、高いスキルを持った高専生が多く存在する中、自分が3Kとも4KともいわれるIT業界で泥のように働かされる未来しか想像できなくなっていることに対してわたしたちが何ができるかということ。学校では教えられないスキルを産学連携で学ぶ機会を設けることで、エキサイティングな世界への道筋をつけてあげることが重要であると思う」(市坪氏)

「(マイクロソフトの)売り上げとは別の視点でどう貢献できるかが重要」と大場氏も答える。この言葉を裏付けるものの1つがDreamSparkだろう。学生を対象に、Microsoftのソフトウェア開発製品やデザインツールを無償で提供するDreamSparkはこの5月に日本でも開始された。学生の持つ可能性を最大限に引き出す支援の意義は自社のビジネスとは一線を引いて行われるべきであるという考えだ。

 表面的に語られることの多いヒューマンスキルの意義を少しでも広め、技術スキルと併せたスキル全体の向上を図ることで、実践的・創造的な技術者を育成していこうとするのが高専機構とマイクロソフトが発表した「共同教育プロジェクト」の肝である。高専生に与えられたこのチャンスを生かさない手はない。

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