ようやく蒸気から電磁へ変わらんとするカタパルト日曜日の歴史探検

空母から航空機を大空に打ち上げるのに使うカタパルトは蒸気から電磁へと変わろうとしています。甲板に立ちこめる蒸気、という映画のワンシーンも昔話として語られる日が近そうです。

» 2008年12月31日 08時30分 公開
[前島梓,ITmedia]

 いよいよ2008年も残すところ後1日となりました。毎週日曜日にお届けしている「日曜の歴史探検」ですが、今回はカタパルトを取り上げたいと思います。空母から航空機を大空に打ち上げるのに使うあのカタパルトです。この技術も長い歴史を経て大きく進化しようとしています。

1分で分かる米国空母

 カタパルトの話の前に、空母について簡単に解説します。ここでは1分で米国空母を紹介しましょう。

 まずは米国の艦種形式区分ですが、航空空母は「CV」に分類されます。原子力空母の場合はこの後にnuclear(核)を意味する「N」がつくというのが基本です。後は建造された順に番号が振られます。

CVN-65 ビッグEこと空母エンタープライズ(出典:Wikimedia)

 世界初の原子力空母が米国海軍のCVN-65、「ビッグE」の愛称でも知られるエンタープライズです。歴史をよくご存じの方であれば、太平洋戦争でもエンタープライズと呼ばれた空母が存在していたのをご記憶の方もおられるでしょうが、こちらはCV-6と呼ばれる通常機関艦で、CVN-65はCV-6からエンタープライズの名がビッグEの愛称とともに受け継がれました。

 ここで艦級についても触れておきましょう。艦級とは、いわゆるタイプ(型)を示すもので、同じような設計や構造であれば基本的には同じ艦級がつけられます。米国海軍であれば、レキシントン級やヨークタウン級、エセックス級などをはじめ幾つかの艦級が存在しており、現在の主力はニミッツ級となっています。

 CVN-65は、1960年代に建造された通常機関艦であるキティホーク級とは異なり原子力を動力としていますので、本来なら新たな艦級、エンタープライズ級が誕生してもおかしくないのですが、実際にはエンタープライズ級という艦級は存在しません。正確には、CVN-65を一番艦とするエンタープライズ級の建造計画は存在しましたが、建造費などの兼ね合いから白紙に戻され、エンタープライズに続く第2世代の原子力空母としてニミッツ級が建造されていきます。まとめると、現在の米国海軍の空母はキティホーク級とニミッツ級、そしてエンタープライズが存在することになります。

米国海軍の空母は原子力空母のみに

CV-63 キティホーク(CV-63)。横須賀に見に行った際にその巨大さに圧倒されました(出典:Wikimedia)

 キティホーク級の一番艦として建造されたキティホーク(CV-63)ですが、キティホークは横須賀基地に配備されていたこともあり、その名を聞いたことのある方も多いでしょう。CV-63は退役準備のため、この5月に横須賀を離れました。退役するキティホークの代わりに新たな空母を横須賀基地に配備することになり、やってきたのがニミッツ級のジョージ・ワシントン(CVN-73)でした。原子力空母が配備されることの是非は本稿の趣旨とは異なるためここでは言及を避けますが、確実なのはCV-63が退役すると、米国の空母はすべて原子力空母になるという事実です。


CVN-78 第3世代の原子力空母となるジェラルド・R・フォード級。CVN-78のほかに2艦が建造予定(出典:Wikimedia)

 ニミッツ級の空母は、2009年に完成予定の「ジョージ・H・W・ブッシュ」(CVN-77)を含めると10番艦まで建造が決まっていますが、ニミッツ級を超える新たな艦の建造計画も同時並行で進められています。それがジェラルド・R・フォード級です。同級の1番艦はCVN-78で、2009年から本格的な建造が開始され、就役は2015年の予定です。CVN-78が完成すると、エンタープライズが退役するとみられ、同級とニミッツ級の2艦級が運用されていくことになります。

 CVN-78では、新たなテクノロジーが数多く盛り込まれる予定です。詳細な情報がなかなか明らかにされず、明らかにされてもしばらくするところっと変わっていたりするので注意が必要ですが、例えば、出力1つみても、新型の原子力推進器を搭載することで、CVN-77と比べて3倍の熱量を得られるようです。艦内も多くが電子化し、さらにそれらが統合化されることで人件費や維持費の手間を低減させることが期待されています。電子化、統合化による自動化など、民間企業でも同じような流れで変化しているのは興味深いところですね。

「電磁式カタパルト」いよいよ登場……か?

 さて、CVN-78で注目したいのはカタパルトです。航空母艦は非常に巨大な構造物ですが、フル装備で数十トンにも達する航空機が離陸するのに十分な滑走距離が確保されているわけではありません。垂直/短距離離着陸機(V/STOL機)のような航空機も存在しますが、現代の航空母艦は一般的にはカタパルトを用いて汎用的な短距離離陸を実現しています。

 このカタパルト、従来の主流は蒸気式カタパルトです。イメージとしては高圧の蒸気を利用した巨大な銃のようなもので、航空機を大空に文字通り「打ち出し」ます。蒸気は原子炉から蒸気タービンを経由して取り出すことができますが、飛行甲板までの蒸気配管は空母内部のスペースを圧迫しますし、運用のための人員も相当数必要でした。

 筆者は以前、飛行甲板で誘導を行っていたクルーと話をする機会がありましたが、彼は、甲板は戦場そのものだといいます。短い間隔で発艦・着艦を行う航空機の間を縫うようにして準備のために駆けめぐる彼ら。下手をすれば航空機のジェットエンジンに吸い込まれかねないという状況下で、作業ごとに色分けされたユニホームを着るクルーが何千万ドルもする航空機と人命を守るために奮闘しています。

 しかし、蒸気はコントロールが難しい動力です。実は、カタパルトからの射出時、パイロットは操縦かんから手を離します。すべてをクルーとカタパルトに託すのです。蒸気による圧力が足りなければ航空機はなすすべなく海に落ちてしまうため、誰もが蒸気式カタパルトに変わるものを求めていました。

 理論だけは早くから存在しました。それが電磁式カタパルトです。リニアモーターを利用することで蒸気配管などが不要になり、空母内部のスペースに余裕ができる上、運用もその多くが電子化され、さらに射出スピードの細かな操作が可能になる電磁式カタパルトですが、早くから理論が存在しているのにまだ搭載されていないのはそれなりのわけがあります。数分、早ければ数十秒ごとに射出させるにはエネルギーの蓄積がスムーズに行われる必要があり、それと合わせて冷却システムも必要です。時代に合わせて空母のシステムやレーダーなどが高度になったことで消費電力は増加の一途をたどっており、さらにカタパルトまで高電力を消費するとなると、搭載が悩ましいところではあります。CVN-77でも電磁式カタパルトが搭載予定でしたが、結局見送られています。

 さまざまな問題から電磁式カタパルトがCVN-78に搭載されるかは疑わしいところもありますが、これが本当に搭載されれば筆者からすると隔世の感があります。そういえば、トップガンなどの映画にも登場したF-14という航空機があります。筆者がまだ学生だったころ映画で見たF-14の姿に技術の可能性を感じたような気がし、当時深く感銘を受けたものですが、トムキャットと呼ばれたこの同機はもう2年も前に米国海軍からは完全退役しています。現在10代や20代の方は、どういったものに技術の可能性を感じるのでしょうか。

 この連載、最初はIT業界の昔話をと依頼されたにもかかわらず、無人戦闘攻撃機「X-47B」やスペースプレーンといったいわゆるスーパーテクノロジーばかり取り上げて編集者を困らせています:-) もしかするとこの連載をご覧いただいている読者の皆さまもIT業界の昔話を期待されているのかもしれませんが、IT産業ではない分野も長い歴史を持って現在進行形で進化しています。30代以上の方であれば、子どものころにすごいと思った技術はITではなかったことでしょう。ともすればWebにある情報だけがすべてだと思いがちな現代にあって、ITだけが胸躍るものであるような気にすらなりますが、それぞれの産業に胸躍るものがあるということを伝えられればと考えています。来年もどうぞよろしくお願いいたします。

毎週日曜日は「日曜日の歴史探検」でお楽しみください


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