超音速“複葉翼機”の研究開発を支える流体科学とスパコン

日本SGIが先日開催した「Solution Forum '08 Autumn」のHPCセッションでは、流体科学が実生活にどのように役立っているのかを東北大学流体科学研究所の早瀬所長から語られた。超音速複葉翼機「MISORA」も紹介されるなど研究者の夢がスパコンで形となっていた。

» 2008年10月31日 23時30分 公開
[西尾泰三,ITmedia]

 「流体科学というと一見なじみがないとお感じの方もおられるだろうが、世の中は実にさまざまな流れで構成されている」――日本SGIが10月23日に開催した「Solution Forum '08 Autumn」のHPCセッションで、東北大学流体科学研究所の早瀬敏幸所長はこのように話し、同研究所の実験装置とスパコンを一体化した次世代融合研究システムを用いた最新の研究成果が、実生活にどう結びついているのかを解説した。

流体科学と現代社会のかかわり方として、大きくはエコと健康にフォーカスしているものが多いと説明する早瀬氏

 流体科学は、流体だけでなく、エネルギーや情報にかんする移動現象とそれに伴う状態の変化を取り扱う総合的な学術分野であると早瀬氏。「流体科学は、マグマの流れや海流、ジェット気流といったマクロなものから、小さなものから血流やナノマシンまでこの世のさまざまな事象に大きく影響している」と説明する。

 流体科学とビジネスが分かりやすい形で結びついた例として、北京オリンピックの水泳で一躍有名になった「Speedo Fastskin LZRRacer」を挙げる。LZRRacerが世に送り出される前には、実験で測定したスイマーの体表面上の受動抵抗と、SGI Altixを用いて計算したCFD(数値流体解析)モデルに基づく解析上の抵抗値を比較する長く苦しい期間があったことなどを紹介し、流体科学の進歩がさまざまな恩恵をもたらすとした。

超音速の複葉翼機は登場するか

次世代融合研究システム概要

 そんな流体研の力強い武器が、約3年前の2005年12月に稼働を開始した「次世代融合研究システム」。スカラ並列計算システムに日本SGIの「SGI Altix 3700 Bx2」を、ベクトル並列計算システムにはNECの「NEC SX-8」を採用した混合システムを中核に、計算結果を画像解析するための3次元可視化サーバ、実験装置を接続して計算シミュレーションや実験解析をリンクするための次世代融合インタフェースサーバなどで構成された同システムは、数値シミュレーションの部分で大きな成果を上げてきた。

 その一例として映し出されたのは、流体科学研究所の大林茂教授をはじめ、数多くの研究者が研究を続けている複葉翼機だった。

サイレント超音速旅客機の飛行予想図(出典:大林研究室Webサイト)

 「MISORA」(御空)と名づけられたこの複葉翼は、超音速で飛行した際に発生する衝撃波を減少させるため、1930年代にアドルフ・ブーゼマン氏が提唱していた複葉翼による造波抵抗の減少理論を実践している。超音速で飛行する複葉翼というコンセプトは、スパコンによって現実のものになろうとしている。

 衝撃波による騒音と燃費の悪さのため2003年に運行が終了したコンコルドの例を持ち出すまでもなく、世の中に受け入れられる超音速飛行機には、騒音となるソニックブームを減らしつつ、燃費向上のために造波抵抗も減らす必要がある。しかし両者は簡単には両立するものではなく、実際のフライトにはさまざまな課題も存在する。しかし、CFD(数値流体解析)をスパコンで行うことで、最適な形状設計が可能となり、ブーゼマン複葉翼を採用した超音速機が夢物語でもなくなってきたと早瀬氏は話す。

 現在は、JAXA(独立行政法人宇宙航空研究開発機構)が開発中の超音速巡航可能な小型エンジンと組み合わせ、2011年には実証機による初飛行を実現すべく、研究開発が行われているという。早瀬氏の言葉からは、スパコンによる巨大なコンピューティングリソースが与えられたとしても、それを使って何を実現するかというビジョンが重要であり、さまざまな研究者がそれぞれ熱い思いでこの“何か”を実現しようとしていると、流体研の積み上げてきたものに対する誇りを感じた。

計算と計測の融合

増え続ける二酸化炭素を地中に貯留するといった研究も

 こうした先進的な研究を行っている中で、リアルとバーチャルをつなぐ計測融合シミュレーションの重要性を説く早瀬氏。飛行機の離発着時に両翼の端から発生する乱気流の状態をシミュレートするために、レーザー光を出力するライダを設置、大気分子からのレーザー光の反射を見て空気の湿度や密度分布を計測し、それらをスーパーコンピュータで重ね合わせてゆくことで、渦の状態を三次元的に再構築し、シミュレートできるようになったとし、既存の手法が抱える問題を克服するため、「計測と計算」を融合させていく必要があると話した。

 上述したMISORAをはじめ、幾つもの新たな取り組みが生まれてきたと早瀬氏は説明。その例として、血流場の正確かつ詳細な情報を計測によってモニタリングし、それをスパコンによる数値シミュレーションと組み合わせることで、新たな血流解析手法を開発しようとする「ステントによる脳動脈瘤内への血流流入制御法」や、ストンメルの永久塩泉の原理を利用して栄養塩に富む海洋深層水を海洋表層に湧昇/滞留させることで、いわば海洋の牧場を作り上げようとする「沖ノ鳥島ラピュタ計画連携プロジェクト」などが紹介された。

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