ベクトル機の時代が終わる? GPGPUの夜明けと課題

「ベクトル型のスパコンと同じ処理性能をGPUコンピューティングであれば、3.5けたほど安い価格で実現できる」――日本SGIが発表したソリューションがベクトル機の存在価値を大きく変えるかもしれない。

» 2008年02月21日 18時59分 公開
[西尾泰三,ITmedia]

 「ベクトル型のスパコンは高い。それはコモディティ化された素子を使っていないため。GPUコンピューティングであれば同じ処理性能で金額は3.5けたほど安くなる」――慶應義塾大学教授で工学博士の中村維男氏はこう話し、GPGPU(General Purpose GPU:GPUをグラフィックス処理以外の汎用目的に活用するもの)を用いたソリューションがやがてはベクトル機の市場を食ってしまう可能性を示唆した。

 同氏が熱弁をふるったのは、日本SGIが同日に発表した「Asterism」の新モデルの記者説明会の場。この日日本SGIは、NVIDIAのGPU「G80」をHPCに応用した「NVIDIA Tesla」を、自社のビジュアルクラスタ「Asterism」に搭載したモデルを発表した。以下、この発表のインパクトについて説明する。

GPUコンピューティングとは

 GPGPU、もしくはそれを用いたGPUコンピューティングとは、従来は画像処理に利用されていたGPU(Graphics Processing Unit)の演算性能を、画像処理以外の汎用的な処理に応用しようとするもの。1CPU当たり32GFLOPS程度の理論性能値を持つクアッドコアCPU(2.0GHz)に対し、NVIDIA Teslaの理論性能値は、1GPU当たり518GFLOPSと大幅に上回る。ちなみに518GFLOPSという数値は、日本SGIが数年前に販売していたスパコン「Origin 3000」(CPUはMIPS 500MHz)16ラック分に相当する。

 GPGPUは、そのアーキテクチャ上、条件分岐が存在するような計算はあまり得意としないものの、128個のマルチスレッドプロセッサや、パラレルデータキャッシュなどにより、並列計算では「開始したらいのししのように走る」(中村氏)非常に有望なソリューションとなる。

 NVIDIA Tesla単体の価格は約20万円から160万円程度であることを考えてもコストパフォーマンスは高いが、その消費電力量などまで併せて考えると、「特定の演算では低コストかつ高速に処理できるようになる」(日本SGIビジュアライゼーション事業本部の畠山和敏本部長)。

AltixへのGPGPUソリューションの搭載もあり得る

 NVIDIA Teslaの製品ラインアップは、通常のグラフィックスカードタイプの「Tesla C870」、デスクサイドタイプで2つのGPUを備える「Tesla D870」、1Uラックマウントタイプで4つのGPUを備える「Tesla S870」の3つ。Tesla S870に至っては、1台で2TFLOPSという最大処理性能を有することになる。

Tesla D870(左)とAsterism

 日本SGIは、このNVIDIA TeslaとAsterismを組み合わせることで、高い計算機能と可視化機能を備えたソリューションを提供しようというのだ。今回、NVIDIA Tesla対応Asterismとしてデスクサイドタイプと2Uラックマウントタイプの2種類が用意された。価格は最小構成で110万円からと処理性能を考えると非常に安価に設定されている。おそらくは最小構成でもTesla C870を備えているはずで、518GFLOPSの処理性能は期待できることになる。

GPGPUとCPUの比較デモも実施された

 日本SGI高度ビジュアル・メディア開発本部の橋本昌嗣氏は、同社のLinuxサーバ「Altix」へのGPGPUソリューションの搭載についてもその可能性について触れた。現在、CPUにItanium 2を搭載しているAltixだが、対応ドライバが存在しないという理由により、すぐではないとしつつも、今後、ItaniumとXeonのソケット互換がなされ、Xeon搭載Altixが登場するようなころには可能性としてあり得るとした。

分科会で大学のカリキュラムについて働きかけていく

 日本SGIはこの発表に併せ、GPUコンピューティングの普及に向けた研究会として、日本SGI HPC Open Forumに「GPU Computing分科会」を設立したことも明らかにした。冒頭の中村維男氏がこの分科会長として迎えられた。

中村維男氏 米国電気電子学会(IEEE)のフェローでもある中村氏は大学に強く働きかけてコンピューターサイエンスのカリキュラムを変えていく必要があると話した

 同氏は、慶應義塾大学教授という肩書きのほか、東北大学名誉教授、米スタンフォード大学客員教授、英ロンドン大学インペリアル校の教授/フェローなども務めている。いずれも半導体やCPU、GPU、FPGAといった研究の拠点であり、同氏はそこで理想的な計算環境について考え続けてきた人物だ。

 東北大学ではベクトル機のユーザーであった同氏だけに、ベクトル機の運用コストなどについては熟知している。それゆえに、GPUコンピューティングが持つ演算性能、消費電力や設置面積なども含めたコストメリットを高く評価している。

 次世代のハイパフォーマンスコンピューティングの手法として期待されるGPUコンピューティング。しかしGPUコンピューティングにも課題があると中村氏は話す。ベクトル機がハードウェア効率が悪いながらもそのハードウェアアーキテクチャに依存しなければならなかったのとは対照的に、GPUコンピューティングではソフトウェアに依存する部分、さらには開発者の能力に依存する部分が大きい点だ。

 事実、NVIDIA Teslaを用いた並列演算を行うには、NVIDIAが提供するGPU向けの統合開発環境「CUDA」を利用してプログラミングを行う必要がある。CUDAはC言語ベースではあるが、GPGPUの演算性能を発揮させるためのプログラムを書こうとするなら、最終的には開発者の能力に依存することになる。しかしながら、この開発者を育てる大学などのカリキュラムは時代にそぐわないものが多いというのだ。

 「日本の大学などにみられるコンピュータサイエンスのカリキュラムは改善の余地が多く存在する。今回わたしが分科会長を引き受けたのも、この部分を変えていきたいという思いから。東京大学などに対して働きかけていきたい」(中村氏)


 ベクトル型のスパコンを有するNEC。そしてその子会社である日本SGIからベクトル型を否定するかのようなソリューションが出てきたのは皮肉な話だ。ベクトル型のスパコンがすぐにGPGPUに置き換わっていくことは考えにくいが、周辺環境などが分科会などの手によって整えられていけば、その現実度は高くなる。

 この発表の前には、HPCサーバ上でMATLABなどの数値解析ツールを並列処理させる「Star-P」の国内向け販売を開始した日本SGI。さらに米SGIでもLinux Networxの資産を買収するなど、HPC分野での動きが目立つ日本SGIの動向に注目したい。

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