コラム
» 2009年01月18日 00時00分 UPDATE

日曜日の歴史探検:海の底にロマンを求めたトリエステ号

これまでに到達した人類の数は、月に到達した人数より少ない――そんな場所がこの地球にも残っています。今回は、約50年前にトリエステ号が挑んだ有人深海探査を紹介しましょう。

[前島梓,ITmedia]

 これまで人類はその活動の場を宇宙にまで広げてきました。宇宙にもまだまだ謎は多いのですが、それらを上回る謎のベールに包まれた場所が地球上にも存在しています。それが深海です。海面下の世界について、わたしたちは意外に理解していません。今回は未踏の領域である深海探査の歴史です。

人類がたった一度だけ挑戦した有人深海探査

 地球上の7割を占める海。もし海水をすべて取り去ったとすれば、そこには、陸地の面積の2.4倍ともいわれる地表が現れます。その多くは深海平原と呼ばれる滑らかな地形ですが、中央海嶺のような山脈や、海嶺で生まれた海洋プレートが他のプレートの下に沈み込む「海嶺」など、実にスケールの大きな起伏に富んでいます。

 「世界で一番深い場所は?」と質問すれば、ほとんどの方は小学校のときに習った知識で回答できます。そう。マリアナ海溝ですね。最深部については幾つか諸説がありますが、10911メートル以上の深さであると見られています。世界最高峰のエベレストが8848メートルほどですから、エベレストをすっぽりと飲み込んでまだ余裕がある深さです。

 海水もありますので、こうした海溝に挑むのはエベレストの登頂よりはるかに困難であることは想像に難くありません。これまでエベレストに登頂した人数は両手でも足りませんが、海の底に到達した人は片手で足ります。何せ、これまで2名しか到達していないのですから。しかもそれは50年近く前のことなのです。

オーギュスト・ピカールのロマン

トリエステ号 トリエステ号。船底で丸みを帯びているのが潜水球。ちなみにこの耐圧球は現在、米国の海軍博物館で見ることができます(画像出典:Wikipedia)

 「安全に深く潜る」――この一点に重きを置いて設計された深海潜水艇「トリエステ号」は、その設計者であるスイスの科学者オーギュスト・ピカールの会心の一作でした。もともとは宇宙に強い関心を持ち、世界初の気球による成層圏到達を成し遂げたことでも知られるピカールですが、海のないスイスの科学者は、後にその興味を深海へと移し、1954年に自らバチスフェア(球体の潜水装置、いわゆる耐圧球)を操って水深4000メートルまで潜っています。しかし、彼はさらなる深みへ潜ることを渇望しており、バチスカーフと呼ばれる構造の深海潜水艇を設計しました。バチスフェアが単なる球体の潜水装置で、洋上の母船からケーブルを介して昇降させるのに対し、バチスカーフは浮力を得るためのガソリン槽を耐圧球にくっつけることで自由度を高めています。

 1958年、バチスカーフ型のトリエステ号は米国海軍に買い上げられ、米国は前人未到の記録へと挑むことになります。ピカール自身はその大役を息子のジャック・ピカールに託し、ジャックと米国海軍のドン・ウォルシュ大尉の2人は、直径2.16メートルという大人二人が過ごすには狭い耐圧球の中で、1960年1月、深海へと旅立ちました。

 2人は暗黒の世界の中で船体のきしむ音などにおびえつつも、約5時間をかけて10911メートル(10メートル前後の誤差で諸説あり)の海底にたどり着きました。海底での滞在時間は約20分間と短時間でしたが、得られた情報はそれまでの概念を大きく覆すものでした。例えば、太陽光も届かないような場所で生命活動が起こるはずがないという考えは、2人が目にしたエビやヒラメといった生物の存在により、もろくも崩れ去ることになります。硫化水素と酸素からエネルギーを作り出す形で生態系が構築されていた姿は生命の起源を感じさせたことでしょう。

azusa02.jpg 水圧でつぶれてしまうかもしれない恐怖に耐えながら、深海を目指したトリエステ号。せまい耐圧球の中でひしめき合う2人はさぞ大変だったことでしょう(イラスト:架空の姉

 トリエステ号の挑戦はまさに偉業でしたが、あまりにも危険な挑戦であることは明白です。また、当時は深海の水圧に耐えるカメラやマニピュレータの技術もまだ途上にありました。このため、トリエステ号の大記録以降、深海潜水艇は記録を達成するためのものではなく汎用性や持続性を重視したものへとトレンドを移しました。現在は6000〜7000メートルあたりが海底探査の主戦場となり、現在でも海溝の底に到達したのはジャックとウォルシュの2人だけです。

 深海潜水艇はその多くが有人から無人へと移行しており、かつてトリエステ号が到達した最深部にも無人の深海潜水艇が幾つか到達しています。もちろん、これらは自律型の無人探査機なのですが、何に出くわすか分からないような場所では、予想を超えた出来事が起こる可能性が常に存在するため、未知の世界でロボットに自律性を求めるのはかなり大変です。筆者の友人の1人で、こうした自律型のプログラミングを手がける米国の開発者は「コードがびっくりする」という表現を用いて未知の環境下で自律性を保つことの難しさを説いてくれましたが、それが非常に楽しい作業でもあると話していました。何だかロマンを感じます。

海中都市は当分実現しないかもしれないけれど……

Aquarius Underwater Laboratory 海中に設置前のAquarius Underwater Laboratory。内部には居住空間も用意され、10名程度の研究者が暮らすことができます(写真出典:UNC Wilmington)

 宇宙に国際宇宙ステーションが建設されるように、人類の英知が及んでいなかった場所を詳しく知るには、さまざまな研究や実験を行うための施設、言い換えれば前線基地のようなものが必要です。海溝のような場所でこうした基地を設置できるのはまだまだ先の話ですが、浅い海域であれば有人施設が建造されている場所もあります。

 調べてみると、米国フロリダ半島沖の水深約20メートルに、世界で唯一の固定型海中研究室「Aquarius Underwater Laboratory」が建造されていました。建造されたのは20年近く前の1987年で、多くの科学者や研究者がこの中で生活しながら海中の研究を進めているようです。

 石油のように、海底に資源を求める傾向が近年高まりつつある中、再び深海の世界への期待も膨らんでいるようです。また、研究対象としても今なお魅力的です。上述したジャック・ピカールは2008年11月、86歳でその生涯を終えましたが、彼や彼の父のロマンは次の世代に受け継がれ、人類を再び有人深海探査へと向かわせることでしょう。

毎週日曜日は「日曜日の歴史探検」でお楽しみください


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