インタビュー
» 2009年03月04日 12時00分 公開

オルタナティブな生き方:究極のわがままは我欲を捨てること〜佐川明美さんインタビュー (1/2)

ITmediaのビジネスブログ「オルタナティブ・ブログ」で「シアトルより愛をこめて」を執筆する佐川明美さんに、今、働くこと、ブログを書くこととは何か、話をうかがった。

[土肥可名子,ITmedia]

 京都大学卒業、アメリカのビジネススクールでMBAを取得し、マイクロソフトを経てシアトルで起業……。まさに“キャリアウーマン”の王道を歩んできた佐川明美さん。一昨年の暮れに自社を売却してからはビジネスの世界を少し離れ、この春からは生け花を教えるという。そんな心境を反映してか佐川さんのオルタナティブ・ブログ『シアトルより愛をこめて』にも、経済や仕事の話に加え、季節を彩る花や景色の写真が増えてきた。佐川さんにとって、今、働くこと、ブログを書くこととは何か、話をうかがった。

目指すはキャリアウーマン! だった少女時代

 小さいときから勝気な性格でした。小学校5年生のときにすでに今の身長(158センチ)があったので、人よりふた回りくらい大きかったかな。髪も短くしていて、とにかく男の子に負けたくないと思ってましたね。

佐川明美さん 『シアトルより愛をこめて』 佐川明美さん

 勉強はまぁまぁ得意だったので、取りあえず大学は親元から通える京大にと。大阪に住んでいたので東京に出ていくのは大変ですし、京都なら通えるかなと思って。特にこれになりたいという高尚な志があって行ったわけじゃないんですよ。理系だったら医学部かな、でも血がこわい。だったらつぶしがきく法学部に行くかという感じでした。

 もちろん憧れはキャリアウーマン。私の母は専業主婦でしたけど、よく「これからの女性は結婚だけじゃない。働かないとダメよ」と言っていたので、その影響もあるかもしれません。とにかく大学入るにも就職するにも、「私はキャリアウーマンになるのよ、女性だからお茶くみなんて絶対に許さない」と。業種・職種問わず、女性を男性と同じ総合職、キャリアとして採用してくれる企業を探し、大和證券に入社しました。入社後MBAの取得のためカリフォルニアのスタンフォード大学に留学しました。

 高校時代にも1年間、ペンシルバニア州の北西部にあるグローブシティに留学していたことがあり、2度の留学体験を通して、アメリカの多様性、物の見方に複数の物差しがあるところや働き方の幅の広さなどが好きになって、「いずれはアメリカに戻るぞ」と思ってましたね。

競争から共創、女性リーダーの時代へ

 今思うと、何であんなに突っ張ってきたんだろうなぁと(笑)。

 アメリカでも70〜80年代に頑張ってきた女性というのは、結婚も出産もしない、何もかも捨てるという悲壮感を持ってたんですが、時代が変わって家庭を顧みない男性は出世できなくなってきています。オバマ大統領を見てもそうですよね。

 オールラウンドの人格が認められて、初めてキャリアやプロフェッショナルが認められる。“Winner takes all”はナンセンスだということが分かってきたんですね。資源だって枯渇してくる。それを独り占めしたところでどうにもならない。国家も企業も個人も共存共栄しなければならない。そこで求められるリーダーシップとは、負けちゃダメだという競争を促すものではなく、みんながどうしたらHappyになれるか考えましょうというものではないか。それってまさに母親、女性が得意な分野だと思うんですよ。

 マイクロソフトのカルチャーもとてもコンペティティブ。自分はとても賢いということを示さないとダメなんです。だからみんな、俺が俺がとなる。でもそれって正直いってそんなにプロダクティブなことではない。自分が優れていることを示すために他者をおとしめるというのは効率的ではないし、だいいちつらいですよね。

 だから自分の会社では「自分を誇示する必要はないですよ」という雰囲気を作りました。「みんなできるよね、信頼しています」、これがベース。余計な所で余計なエネルギーは消耗しない。仮にこれによって私が尊敬を受けなかったとしても、その方がずっと効率的ですから。

 私が学生のときに目指したキャリアウーマン、女性も男性と伍してやらなきゃと思った強さは、時代遅れになったかもしれない。時代遅れと認めるのは悔しいけど、杉の子は松にはなれない。杉の子は杉であればいいわけで、女性として生まれたことを謳歌しよう、男性にできないところを補うことが自分の差別化なんだと。こう思うようになってきたのも、つい最近、今日このごろのことなんですけどね。

究極のわがままは我欲を捨てること

 若いころは、働くことの意味を特に考えることもありませんでした。大学を出てからは自活してましたし、働かざる者食うべからずでしたから。

 でも少しずつ貯えもできて余裕が出てくると、お金のためだけじゃないと考えるようになりました。人間として生まれてきた以上、自分は何か使命を持って生まれてきたわけだから、その使命を返すこと、全うすることが必要で、それがすなわち働くことであり、経済的にも自分を助けることになるのだと。

 そのうち、どうすれば自分がHappyでいられるか考えるようになって。マイクロソフトのような男性社会で出世を目指すのが自分の使命かというと、どうも違う気がする。何が究極の目的なのだろうかと考えると、仕事にしてもプライベートにしても、自分がHappyでいることですよね。そう考えると他の人に勝っていくことが自分のHappinessとは思えないことに気付いたんです。

 では、自分のHappinessとは何か。最近、ここに大きなパラドックスがあるんじゃないかと感じています。自分が1番Happyになるためには、いったんそれを捨てないと最終的に手に入らない。

 例えば、何も期待していないときに「ありがとう」と言われるとうれしいですよね。でも言ってほしいと期待して何も言ってもらえなかったときの失望は大きい。言ってほしいと思ってやることは相手のためではない、自分のため。そういう欲を捨てないとうれしい言葉は聞けない。つまり自分を1番Happyにするためには、いったん「自分をHappyにするのよ」という“私”を捨てて、「世のため人のために何をしたらいいかしら?」と考える、そういうパラドックスがあるんじゃないかって思うんです。

 自分だけHappyになるという欲を追求するとHappinessは逃げていく。自分をHappyにさせるためにいったん自分の欲を捨てる。するとより大きいHappyが返ってくる。私自身とてもセルフィッシュな人間なんですけど、究極のわがままとは我欲を捨てることなんだと思うようになりました。

 企業も同じ。利潤の最大化を追求していくと、結局利益が逃げていく。社会の公器として、世のため、人のために貢献していくことが、結果として利益を生むのだと思いますね。

 塩野七生さんが、兵士のために死ぬ上司の元であれば兵士は死ねると書いていたんですけど、これも究極のパラドックスですよね。最終的に自分の身しか守らない上司のために部下は死なない。企業も同じことで、自ら社員を守る、そのために死ねるんだという気持ちがないと下の人はついてこない。ま、実際そういう会社を経営してきたかというと、うーん、正直分からない。ごめんなさいってところもあるんですけどね(笑)。

       1|2 次のページへ

Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.

ピックアップコンテンツ

- PR -

注目のテーマ

マーケット解説

- PR -