コラム
» 2009年11月29日 00時00分 UPDATE

日曜日の歴史探検:ニコラ・テスラの「世界システム」はよみがえるか

地球を媒介とする送電システムの構築――異能のサイエンティストはときにこうした奇抜なアイデアを思いつき、そして実証しようとします。今回は、「世界システム」の構築に人生をささげたニコラ・テスラを取り上げます。

[前島梓,ITmedia]

 時代をあまりにも先取りしすぎたため、周りの理解を得られず、異端のレッテルをはられた異能のサイエンティスト――発明王エジソンの最大のライバルであったニコラ・テスラもそんな1人に数えられます。

 科学の世界に少し詳しい方であれば、テスラが交流システムと高周波の応用技術で卓越した業績を上げたことをご存じかもしれません。あるいは、磁界における磁束密度を表す単位として彼の名前が使われているのをご存じの方もおられるでしょう。

 しかし、テスラがわれわれを魅了するのは、彼のエキセントリックで輝かしい才能が数多くの“謎の発明”を世に残したからではないでしょうか。今回から数回にわたって、こうした異能のサイエンティストを紹介していきたいと思います。

交流送電システムでエジソンを超えるテスラ

 そんなニコラ・テスラが誕生したのは、1856年のこと。現在のクロアチア西部にあるスミリャンという村に生まれたテスラは、幼少のころから異彩を放っていたようです。青年期の記録は諸説ありますが、オーストリアのグラーツにある工科大学に入学、彼はここで、「グラム発電機」という発電機とモーターの両様の機能を持つ直流機械装置を目にし、同時期に「回転磁界」の原理をひらめきます。モーターを駆動する回転磁界を生み出すために、交流を用いることを思いついたテスラは、交流モーター(二相誘導モーター)を完成させます。このモーターを三相以上に発展させ、発電機などの関連技術と合わせて体系化したのがテスラの多相交流システムです。

tnfig1.jpg ラボでの実験風景。有名な写真ですね(画像出典:Wikipedia)

 その後テスラは、交流の実用化を進めようと渡米し、当時すでに著名な存在となっていたエジソンの下で働くようになります。しかし、エジソンは筋金入りの直流信奉者。交流電流による電力事業を提案するテスラの声はエジソンに届かず、テスラは1年ほどでエジソンの下から去ってしまいます。

 その後、独自に交流電流による電力事業を推進しようとしていたテスラですが、1888年に入ると、米国電気工学者協会(AIEE)の招きに応じて自身の発明に関する発表を行う機会を得ます。このとき、テスラの発表に強い興味を示したのが、米国の電力供給システムについて当時エジソンとしのぎを削っていたジョージ・ウェスティンハウスでした。

 テスラはこの前年に多相交流システムの基本特許を出願していますが、ウェスティングハウスはこれらの特許の権利をテスラから買い取り、その技術を取り入れた交流送電システムでエジソンの直流送電システムと対決していくことになります(電流戦争と呼ばれることもあります)。この電流戦争は、ナイアガラの滝に建設された水力発電所で交流発電機が採用されたことで、ついに決着します。

世界システムの構築へ

 交流システムにおけるテスラの役割は極めて重要なものでしたが、彼はその後、研究テーマを高周波の分野に移行させていきます。これは、送電線ではなく、電波によって世界中に情報とエネルギーを供給できないかと考えたためでしょう。すぐさま高周波/高電圧を発生させる共振変圧器「テスラコイル」を開発し、無線電信の研究に没頭していきます。

 情報の伝達システムとして高周波を利用するアイデアは一定の成功を収めましたが、無線による電力の送電システムについては苦しむことになりました。無線による電力の送電システムと情報の伝達システムを「世界システム」と名づけたテスラは、1899年からその研究に着手しました。まず、コロラドスプリングスに建設した研究所で、高周波振動の電気的共鳴を利用して、巨大な電圧を発生させる「拡大送信機」を用い、地球が電気を帯びている、つまり「帯電体」であるということを証明します。

 これにより、地球を媒介とする送電システムの構築が可能であるとテスラは確信したのでしょう。さらに、この地で頻発する雷放電を観測して、周波数の等しい波が干渉し合い波動がまったく動いていないようにみえる「地球定常波」を発見します。今日ではELF(極超長波)による「シューマン共鳴」として知られている現象ですが、これに電気エネルギーを乗せれば、エネルギーを減衰させることなく地球全体に送ることができるのではないかとテスラは考えたのです。

ワーデンクリフタワー 巨大な無線送電塔「ワーデンクリフタワー」。1917年に撤去されています(画像出典:Wikipedia)

 その後、1900年に発表した「人類エネルギー増大の問題」という論文がモルガン財閥の創始者ジョン・ピアポント・モルガンの目に止まり、テスラはモルガンから資金援助を受け、世界システムの実験施設建設に着手します。ロングアイランドのワーデンクリフには情報通信と無線送電を行う巨大な無線送電塔がそびえ立つはずでしたが、建設途中に設計変更が生じたことや、グリエルモ・マルコーニが太平洋横断無線通信に成功し、無線通信の実用化を成し遂げてしまったことなどが影響し、研究のための資金がショートしてしまいます。実証的な研究まであと一息というところで、テスラの夢はついえてしまったのです。

 その後もテスラは、研究への意欲は失っていなかったようですが、彼の考えを実証する費用や機会には恵まれず、1943年に86歳でこの世を去りました。奇抜とも思える研究内容が世間にはマッドサイエンティストとして受け取られることも多い彼ですが、ニコラ・テスラは常人にはうかがい知れない世界を先行して歩いていた希代の科学者だったのかもしれません。最近ではMIT(マサチューセッツ工科大学)が、電磁共振による無線送電に成功したことが報道されていますが、無線送電の技術が進化していく中で、テスラが夢想した「世界システム」が再び脚光を浴びる日が来るのかもしれません。

最先端技術や歴史に隠れたなぞをひもとくことで、知的好奇心を刺激する「日曜日の歴史探検」バックナンバーはこちらから


Photo contributed by jorel314


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