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» 2011年05月26日 08時00分 UPDATE

中堅中小、勝利の方程式:絶え間ない経営革新に支えられた創業200年の老舗「龍角散」

「ゴホンといえば龍角散」は200年の歴史があるが、経営者は一代として同じことをやってこなかった。「生物と同じ。環境は変わる。進化しなければ生き残れない。それは会社を新しくつくるよりたいへん」と8代目、藤井社長は話す。

[浅井英二,ITmedia]

 「中堅中小、勝利の方程式」と銘打ったこの短期連載で今回お邪魔したのは、「ゴホンといえば〜」でお馴染みの龍角散だ。江戸時代の寛政年間に秋田・久保田藩の典医、藤井玄淵氏がつくった龍角散は、200年ものあいだ日本人のノドを守り続けてきた。こうした老舗には「ひと筋」のイメージがつきまとうが、創業の志こそ変わらないものの、実際の老舗は絶え間のない経営革新に支えられている場合が多い。龍角散もそうした1社だ。

 「初代から数えてわたしは8代目だが、一代として同じことをやってこなかった。生物と同じ。環境は変わる。進化しなければ生き残れない。それは会社を新しくつくるよりもたいへん」と話すのは、龍角散の藤井隆太社長。

 秋田の藩薬だった龍角散は、明治維新によって藤井家に下賜され、転機を迎える。当時3代目だった当主は上京し、現在も本社がある東神田で広く一般に販売を始めることにした。

 「秋田のクスリを全国で売ろうというのだからたいへんな経営革新」(藤井氏)

 明治の半ばには4代目が現在のような微粉末状に改良、積極的に新聞広告も打った。さらに戦後になってテレビが登場すると、いち早くこの新しい宣伝媒体を活用した。当時は薬をテレビで宣伝するなんてだれも考えなかった時代。「これで龍角散は倒産だ」とライバル会社は喜んだという。

 「運命の分かれ道だった」と藤井氏。東京進出と積極的な広告宣伝が今日のナショナルブランドを築き上げていく。

 薬そのものも闇雲に手を広げるのではなく、顆粒やトローチ、錠剤へと龍角散のラインアップを充実させ、環境の変化に対応して進化させてきている。「余計なところに手を出さず、コアの技術をしっかり磨いてきたのが龍角散の強み。真似せず、真似されず、だ」(藤井氏)

思想は変わらず、スタイルは時代とともに進化

 その一方、藤井氏は、企業、特に製薬会社の社会性を人一倍重んじる。「常にわれわれの強みが世の中のためになるのかを問い続けてきた」という。そんな藤井氏がこの10年こだわり続けたのが、薬を飲みやすくしてくれるゼリー状の嚥下(えんげ)補助製品「おくすり飲めたね」だ。今ではピーチ味やいちご味もあり、小児用として知られているが、当初は介護施設の高齢者に無理なく薬を飲んでもらえるようにするのが狙いだった。

 「データがなく、マーケットも見えなかった。役員会でも“売れない”と猛反対された。それでも救える人たちがいると説得した」(藤井氏)

 こちらは大々的な宣伝をしていないが、口コミなどで支持が広がって大ヒット商品となっている。

 藤井氏は、桐朋学園で学び、週末は中高生オーケストラを指導したり、フルート奏者としても活躍する。「人の沈んだ表情もパッと変えられる」と、音楽と自らの仕事の共通点を挙げる。

 現在演奏されているバッハやモーツァルトの音楽は、演奏のテンポや基本となる音の高さは作曲された当時とは異なるのだそうだ。生活様式が変わり、生活のリズムが速くなっているのに伴い、テンポは速くなり、音程も高くなっているのだという。しかし、楽曲に込められた作曲家の思いは変わらない。時代とともに演奏のスタイルが変化してきたわけだ。老舗とはそうしてのれんを守ってきているのかもしれない。

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