情報セキュリティと「終活」 “その時”に備えておくこと萩原栄幸の情報セキュリティ相談室(2/2 ページ)

» 2015年02月13日 08時00分 公開
[萩原栄幸,ITmedia]
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揉めないためには?

 長男には気の毒だが、裁判では介護の苦労や両親の面影、それまでの費用などはほとんど考慮されない。正確にいえば、介護は介護であり、相続は相続である。10年以上にわたる介護についての具体的な出費を証明できる領収書やディサービスの明細などを提示できなければ、裁判では大きな不利になる。長女が要求する現金(1150万円)を支払う判決になれば、長男たちは現金を確保するために、住む家すら手放さなくてはならない事態もあり得る。とても納得しづらいが、これが現実だ。

 だから、こういう事態を想定してエンディングノートに母親が希望を記しておくことが重要になるわけだ。毎年ノートに記入してタンスの中に封印しておき、万一の場合はそれに従うよう子どもたち(長男と長女)を説得しておく。もしくは、公正証書遺言にしておく必要がある。エンディングノートを密かに作成して、「遺言書」として日時などの形式要件を満たしても、こうした段取りをしておかないと、結局は「改ざんだ」「偽物だ」と相続人たちが主張し合う事態にもなりかねない。

 こんな温厚な人がお金になると豹変してしまう――残念だが、世の中には必ずそういう可能性があると冷静に判断して、その事象に備えておかなければならない。まさしく、「被害に遭ってからでは時すでに遅し」という情報セキュリティにも通じるものだ。

もっと悲惨な現実

 いま「孤独死」が急増している。身寄りがないか、居ても連絡がつかない。連絡がついても、「自分は知らない、勝手にそちらで処分してくれ」という。こういう人のために、生前に契約を結んで、死後どうするのか、財産はどう処分するのかについて希望通りにしてくれるNPOが幾つかある。身寄りがいないという人には、その利用をお勧めしている。

 つつましい暮らしをして数千万円もの貯金がある孤独な老人がたくさんいらっしゃる。その方々の死後は幾ら貯金していても国、自治体に没収されてしまうだけである。10年以上引き出しの形跡がない、休眠口座についても金融機関もしくは国家がその資金を活用する方向で検討が進められている。いずれにしても本人としては、もっと美味しいものを食べたり、旅行へ行きたかったにちがいないと思う。

 ある時、90歳になる女性と話したことがあった。「お金がないと何もできない。だから私は老後のために少しずつ貯金しているんだよ。やっと5000万円ほどになったかね(筆者が元銀行員だったので信頼して話してくれた)」と言われた。90歳の方が「老後」のために貯金をしている。筆者は涙をこらえることができなかった。

 お金は死んでまで持っていくことはできない。つまり、「お金を貯める」ことが目的ではいけないのだ。お金は人生の何かを行うために貯めるのであって、「貯める」ことは手段に過ぎない。多くのお金を残してしまうと、子や孫をダメにしたり、争いの元になってしまう……。

 また、最近では資産家の老人が「訪問介護人」の標的になっている。当然ながら、ほとんどの訪問介護人は善良で一生懸命に仕事をされているが、ごく一部は最初から資産を目当てにする。そうした“悪意のある”介護人に出会ってしまうと、介護される人が痴呆症になったり、寝たきりの状態になったりすれば、介護人の思うままになる。最初はがんばって介護し、信頼を得る。しかし通帳、印鑑、カード、暗証番号を知って、財産を“つまみ食い”するようにとことん搾取していく可能性がある。「他人を信じるな」とは言いたくないが、これも情報セキュリティと同じで、信頼に足る「保証」をどう取り続けるかがポイントだと思う。

気軽に身内にエンディングノートの存在を知らせない

 ここまで挙げたような事態を回避するためにも、エンディングノートを執筆することは有効な“対策”といえる。しかし、身内に勧めることはとても勇気がいる。

 「お前は私が死ぬことを願っているのか」「まだ元気だし、葬儀なんて考えたくもない」。日本人はどうしても「死」に対してとても臆病になる。だからこそ少しずつ焦らずに、“その時”のために必要であるということを地道に伝えるしかない。

 筆者が父親へエンディングノートを渡すことができたのは先月(2015年1月)だった。終活の重要性を認識して6年になるが、その必要性を理解しながらも実行に移せるまで長い時間を要した。まず自由に希望を書いてもらい、不明な点を教えながら年内に“バージョン1”ができればいいと考えている。エンディングノードを急に持ちかけて、かえって仲が悪くなってしまったというケースは幾らでもある。

 本稿を執筆していて、情報セキュリティ業界では著名な方でNHKの番組に何回も出演されたアークンの故・渡部彰社長のお顔が思い浮かんできた。筆者の友人だったが、介護のために、情報セキュリティ業界を離れ、老老介護の道に入ったものの、ご自身が急死してしまった。本当に残念でならない。この場をお借りして心よりご冥福をお祈りしたい。

萩原栄幸

日本セキュリティ・マネジメント学会常任理事、「先端技術・情報犯罪とセキュリティ研究会」主査。社団法人コンピュータソフトウェア著作権協会技術顧問、CFE 公認不正検査士。旧通産省の情報処理技術者試験の最難関である「特種」に最年少(当時)で合格。2008年6月まで三菱東京UFJ銀行に勤務、実験室「テクノ巣」の責任者を務める。

組織内部犯罪やネット犯罪、コンプライアンス、情報セキュリティ、クラウド、スマホ、BYODなどをテーマに講演、執筆、コンサルティングと幅広く活躍中。「個人情報はこうして盗まれる」(KK ベストセラーズ)や「デジタル・フォレンジック辞典」(日科技連出版)など著書多数。

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