そして、Amazonは、ネットのサービスばかりではなく、リアルな世界にも進出をはじめました。
2017年にシアトルに“レジなし”のコンビニ「Amazon Go」を開店させたのも、その一つです。ここでは、商品を手に取り、自分のかばんやポケットに入れて店を出るだけで、決済が完結します。支払いのために混雑したレジに並ぶ必要はないのです。Amazonは、2021年までに、全米に3000店舗を展開する計画を持っているようです。
また、「フルフィルメント by Amazon(FBA)」という、Amazonで商品を販売したい企業がAmazonの倉庫に商品を送り届けておけば、その後の在庫管理、販売、決済、配送などの一切の業務を代行してくれるサービスもあります。商品を販売したい企業にも「最高の顧客体験」を提供することで、生産者をも顧客として取り込んでしまっています。こうやって、倉庫業や運送業などの企業に対する破壊的競争力を生み出しているのです。
Amazonは、これら以外にも「最高の顧客体験」を実現すべく、デジタルテクノロジーを駆使して圧倒的な利便性を実現し、他社にまねのできない新しい価値基準を顧客に提供しつづけています。そして顧客は、その利便性ゆえにAmazonのさまざまなサービスを使い続けてしまうのです。
こうして、ネットにもリアルにも顧客接点を広げれば、それぞれの顧客についての膨大な行動データが集まってきます。それれを機械学習で分析して、商品の品ぞろえを最適化し、適切なタイミングで買ってくれそうな商品を推奨し、注文が入れば即日配送する。そんな仕組みを支えるために、徹底して自動化された百数十カ所の倉庫、40機の航空機と数千台のトラックを所有しています。
このようにして、Amazonは、「最高の顧客体験」を追求したサービスを拡充し、顧客接点をネットだけではなく、リアルにも広げ、多様で膨大な顧客の行動データを収集し、それを生かして「最高の顧客体験」に磨きをかけているわけです。
Amazonの戦略をあらためて整理してみると、
といった流れになります。つまり、「顧客の行動データを中核に据えて、短期的・戦術的施策と長期的・戦略的施策の最適化を、高速で回していくための事業基盤を構築」していることが分かります。
いったんこのような基盤ができてしまえば、さまざまな事業への横展開も容易です。その結果、銀行や保険といった金融業、運輸や倉庫などの物流業などは、今では、Amazonの圧倒的な「即応力」と「破壊力」の前に、厳しい競争を強いられているのです。そんなAmazonの絶大な影響力を称して、「Amazon効果(Amazon Effect)」という言葉も登場しています。
このAmazonの事例からも分かるように、「デジタルトランスフォーメーション(DX)を実現する」とは、必ずしも、デジタルを駆使した新規事業を作ることではありません。むしろ、「ビジネス環境の変化に即応するために、事実であるデータに基づき、短期的・戦術的施策と長期的・戦略的施策の最適化を継続的に実行できる事業基盤」を実現することといえるでしょう。
不確実性がますます高まっている時代に、企業が生き残るためには、ビジネススピードを加速して、変化に即応し、ビジネスの現場に必要なサービスをジャストインタイムで提供できる能力を持たなくてはならないのです。DXの実現は、そのために取り組まなければならないテーマになろうとしています。
日本IBMで営業として大手電気・電子製造業の顧客を担当。1995年に日本IBMを退職し、次代のITビジネス開発と人材育成を支援するネットコマースを設立。代表取締役に就任し、現在に至る。詳しいプロフィールはこちら。最新テクノロジーやビジネスの動向をまとめたプレゼンテーションデータをロイヤルティーフリーで提供する「ITビジネス・プレゼンテーション・ライブラリー/LiBRA」はこちら。
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