“気付き”のコミュニケーション――機能や仕組みの説明は理解に結び付かない何かがおかしいIT化の進め方(21)(2/3 ページ)

» 2005年10月29日 12時00分 公開
[公江義隆,@IT]

すればするほど相手を混乱させるITの説明

 パビリオンの人たちを経営者や事業部門、ゴミのリサイクルや分別回収を経営管理の方法論や情報システムの仕組みに置き換えて、左記の問題を再度考えてみよう。

 多くのIT関係者は、一般論としてのITの効用とシステムの中の仕組みや機能で、ITを説明しようとする。しかし、これでは「システムの仕組みと機能を教えますから、ITとはこういうものだということを理解してください。その機能や仕組みをあなたの業務に適用して、効用がどうすれば出るかは、ご自身で判断してください」といっているにすぎない。

 相手が聞きたかったポイントは、効用とITの間にある業務の具体的な話なのだ。「それで、具体的にどういうことになるのか? 結論は?」という本質的な話を、ようやく聞けるのかと思ったところで、IT関係者側は説明をし尽くしたと思っている。この食い違いは大きい。効用の代わりに「やらないと大変なことになりますよ!」といった脅しのような説明があったりするが、これが理解の助けになることはまずない。不満や不安を残してコミュニケーションは途絶える。

 例えば、在庫管理の問題を考えてみよう。解決策としては“在庫管理システムの整備”という方法に行き着く問題であっても、品切れが多く、顧客に迷惑を掛けていることや、販売機会損失に心を痛めている人にとっては“欠品の解消”が課題であり、業績を圧迫する過剰在庫に悩んでいる人にとっては“在庫の削減”が課題である。

 つまり、とらえている問題はまったく別なのだ。ともに、その解決方法である在庫管理を課題とはとらえていないのが普通である。こんなときにIT関係者から、在庫管理の効用は在庫の適正化と品切れ減少という、一言で言い表した教科書的な一般論を(場合によっては、真偽のほどは定かでない他社の大成功事例付きで)聞かされ、この後に在庫管理システムの一般的な仕組みを延々と説明されても、自分の抱える問題の解決につながるのか/つながらないのかはよく分からないだろう。

 仕組みや機能の説明の中には、意味のよく分からない言葉がいくつも出てくる。「その安全在庫とかいうのは? 最適発注量の最適というのは?

……」などと質問をすれば、待ってましたとばかりに、またよく分からない用語を使った懇切で無味乾燥な理屈の説明が続く。聞けば聞くほど分からなくなる。自分の知りたい問題解決の本質と、反対の方向に説明が進んでいるような感じで気持ちがなえていく。従来のアプローチでは、こんなことになってはいなかっただろうか。

 本当に必要なのは、「どんな場合に品切れや過剰在庫が発生するか」の一般的な理屈ではなく、「いま起こっている品切れや過大な在庫はなぜ起きているのか?」についての、具体的な分析に基づく実証的な説明と、この問題がこのようにすれば解決できるという“幹”の論理の明示である。安全在庫や最適発注量は、小枝や葉っぱだ。かえって幹を隠してしまう。

コーヒーブレーク

 “幹”つまり、「その問題の本質部分は何か」をはっきりさせるには、説明資料や報告書を1ページか、せいぜい2ページにまとめてみるとよい。“必要のないもの/重要でないことを取り除く”ことは、“大切なことをすべて盛り込む”と同じか、あるいはそれ以上に大切である。

 「相手が理解できる言葉で説明できているか」や「問題や方法のレベルはそろっているか」「特徴や具体的なイメージが描き切れているか」などが、大切なチェックポイントになる。思い付くもの、関係することをできるだけ網羅するのが正解というわけではない――目的(効果)は主目的(効果)1つか、副次的なもの1点〜2点に絞り込み、数え切れないくらいある大小の問題点は、重要な(大きな)問題3個〜5個くらいに整理する。重要度や優先度の判断基準には提案する人の持つ見識が、問題の整理には抽象化の能力が、全体構造には構成力や論理性が問われる。

 このような能力を養うためにも、日常の仕事の中で、問題を短くまとめて書く習慣を付けていくことが有効だ。まとめた結果に、取り上げた問題の特徴や具体的なイメージが浮き出ているようなら合格。短くしたことによって、一般的で特徴のない内容になるようなら、問題をもっと深く考える必要があったか、まとめる方向が間違っていたかのどちらかかである。



“理解”のプロセス
――人は、全体の感じをつかんでからでないと、細部への関心や理解には至らない

 一般の人の多くは、仕組みや機能を積み上げて全体像を把握したり、物事を理解することには慣れていない。専門的な分野の問題に対してはなおさらそうである。理屈やITの仕組みを聞いても、自分の抱える問題の解決とのかかわりを理解できないのが普通だ。

 多くのIT分野の人たちが行っている機能の説明によるアプローチでは、ITという専門の土俵に素人を引き入れようとしていることになる。これでは、相手が土俵に上ってきてくれなくても当然だろう。自分が売る商品についての専門的な説明をして、相手のニーズに合うものか否かを、素人の客自身に判断させようとしているようなものだ。相手のニーズを把握して最適な商品を勧めるのが専門店の売り方である。相手は商品の中身を自ら理解するより、その商品が自分のニーズにフィットしていることを専門的立場に立って保証し、納得させてほしいと思っている。

 機能や仕組みなどの中身の説明は、相手が「分かった。念のために知っておきたいのだが、中はどうなっていて、どうやってやるのか?」という質問をしてきた場合の答えにはなる。しかし、これは次の段階での問題だ。

 人はまず全体の感じをつかんでからでないと、細部への関心や理解には至らないものだ。

コーヒーブレーク

 プログラムパッケージや、プロトタイプシステムのデモンストレーションなどで、品名:aaa、単価:\999、数量:9999など、意味のないデータを無造作に使っているケースをよく見聞きする。デモをしている側は、プログラムやシステムの機能が説明できればよしと考えているのだろうが、ユーザーの立場になれば、これではさっぱりイメージがわかないことが多い。

 品名や単価は現実のもの、数量も実際のものが望ましいが、せめて数字のけたくらいは、現実のものに合わせておく配慮がほしい。ソフトウェア商品に付いてくる、機能を1つずつ説明したマニュアルを、1ページから最後まで読めば、全体の理解ができるものだろうか。全体のイメージをつかんだ後なら、各論はよく理解できても、その逆のアプローチはあえて苦労を求める人以外には現実的ではない。



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