有能なプロジェクトマネージャを育てるには(3)何かがおかしいIT化の進め方(30)(3/4 ページ)

» 2006年12月26日 12時00分 公開
[公江義隆,@IT]

プロジェクトのモデルを作ろう

 以下は、こんなプロジェクトのモデル作りを中心とする、プロジェクトマネジメント能力育成の仕組みと方法の提案である。

頭の中にプロジェクトのモデルを作ろう

 仲間と数人のグループを作り、討論しながら、先に述べたプロジェクト内部の種々の問題と要素の相互の因果関係――つまり、プロジェクト構造のモデルを作ってみるアプローチというのはどうだろうか。

 成果物はこの共同作業の過程そのものと、この過程を通じて結果的に各自の頭の中に作られる記憶である。

 視覚による理解を助けるために、図に描いてみることは大変有効であるが、結果をこぎれいにまとめることを目的とはしない方がよい。また、このような作業過程ではパソコンはできるだけ使わないことだ。パソコンの小さな画面に発想そのものが制約されてしまう。

 現実の“場”は具体的であり、問題解決策も具体的でなければならない。この過程そのものがプロジェクトの1つの疑似体験だからだ。従って、できるだけ具体的な内容についての話や討論が必要になる。

 しかし、“具体的なだけ”の世界では新しいアイデアはなかなか出てこない。具体的な事象を一度、一般化・抽象化すること、すなわち、「いまの状況は“つまり”こういう状況」「この問題は“本質的には”こういう問題」「過去のあの問題とこういう点で“共通性”がある問題」といったことを考えていくことによって、具体面では違うように見えていても、本質的には同じある過去の問題の経験が生かせる状態になる。

 過去にうまくいった解決策は「その問題でそうやったことは、いまの問題ではどうすることに相当するか?」ということを考えてみることによって、経験から解決策を見いだせるようになる。あるいは「理屈の世界で考えた答えは、いまの問題では具体的には何をすることになるか?」を考えてみることによって、理論と実際の世界のつながりが作れるようになる。

 このような思考作業によって、過去の多くの別々の事象や、別々の問題として理解した記憶の間に連携が作られるわけである。脳の中では脳神経細胞(ニューロン)間の新しいつながり(シナプス)が作られていくことになる。

 この過程で自分(たち)が行った具体的な問題から得た結論に至るプロセスの記憶こそが大切なのだ。誰かほかの人が作った構造図の結果を見て、これを「覚えよう」という発想や方法では、実際に役に立つ力にはならない。

 ほかの人との共同作業は、脳を刺激しやすい。自分が思い付かなかった他人の視点に感心し、また悔しさを感じて競争意欲が出てくれば、新しいアイデアを思い付き、また忘れていた経験を思い出す。喧嘩寸前の口論も脳を刺激する。刺激が強ければそれだけ記憶に強く刻み込まれる。

 このような作業を通じて、それまでの人生で経験したこととも併せて、各自が自分の考えやすいプロジェクトのモデルを頭の中に、より短い期間の中で作っていくことがある程度できそうに思うがどうだろうか。

仲間と経験を共有しよう――白袴(しろばかま)を紺色に染めよう

 IT分野の人は、他人に対しては「情報共有」を唱えるが、「紺屋の白袴」になっていないだろうか。

 自分では気が付かなかったことを、他人が把握していることもある。自分が経験していない経験をした仲間もいる。その逆もある。他人の経験を自分の経験にする。自分の経験を他人の経験にする、そのような機会や仕組みを考えてみてはどうだろうか。

 ナレッジマネジメントでは、暗黙知の伝承には長期の共同作業が必要ということになっている。しかし、同じ種類の仕事をやっている人同士は、共同作業に近い関係にあるともいえる。

 世の中では、営業担当者間での情報共有・ナレッジマネジメントの成功例が比較的多い。営業担当者は同じ仕事を通じて、同じような経験をしているため、ちょっとしたヒントでもすぐ「分かった!」ということが多くあるからだと思う。「一を聞いて十を知る」可能性が高い関係だ。

 IT関係者も同じではないだろうか?

ティータイム

 かなり昔のことであるが、プロジェクトを任せられる人を多数育てなければいけない状況にあったときの話である。


 ユーザー部門と共同で行う「投資効果を中心とする経営問題としてのプロジェクト評価レビュー」とは別に、IT部門内だけでプロジェクト作業や運営などに対象を絞り込んだ最終レビュー(反省会と慰労会)をやっていた時期があった。


 これが結構、人材育成に効果があったように記憶している。アルコールが入ってからの、本音レベルの情報交流が有用だったという意見があった。1人で3億円の管理ができる中堅社員作りが急務だったころの話である。


 また、いつもというわけにはいかないだろうが、立場の違う人や職位の違う人が一堂に会するレビューミーティングは、担当者にとって、経営や組織間の問題を感じ取ったり、上の人たちが考えていることを知ったりできて、視野を広げる良い機会になる。


 会議の効率化も大切だろうが、必要なゆとりをなくし、それぞれが自分のことだけしか分からなくなると、人も組織も成長しなくなる。現場の実態や担当者のやっていることが見えなくなった経営幹部や、本部の企画スタッフにとっても良い機会になるかもしれない。−−

 先日、ある会社でセミナーをやらせていただいた。偉い人にも多数参加していただき光栄であったが、Q&Aのセッションで“偉い人”の質問が続き、若い人の発言時間がなくなったのが筆者には若干不満だった。しかし、後日このセミナーの世話役の方から、「“偉い人の考えていることや悩みが分かり、大変有益であった”という若い人からのアンケート回答があった」とのメールを戴いた。そして、筆者はわが了見の狭さを恥じたものだ。


イメージトレーニングをしよう

 プロジェクトが、トランプめくりのようなことにはなっていないだろうか。53枚のトランプを1枚ずつめくりながら、次のカードはめくってみないと分からない、めくってジョーカーが出て大騒ぎ、そんなことになってはいないだろうか。

 プロジェクトの作業を開始する前に、そのプロジェクトの進行途中の様子をあれこれ想像して、「どの時点でどんな状況になりそうか」「どんな問題が起こりそうか」「そんな場合にはどう対処しようか」などを、系統的にまたできるだけ具体的に考えておくといろいろ役に立つことがある。想定外の兆候の把握などには、大変効果的である。しかし、すべてが想定内というわけにはいかないのが現実世界である。

 例えば、リスク管理は、言葉では語っていても実際に具体的には何をどのように管理できているだろうか。

 前もって、問題を意識して注意を払うことによって避けられるリスクはある。しかし、多くはそうではない。あらかじめ考えておくことができるのは、起こった際に損失や問題の傷口をさらに広げないようにする対処方法の基本である。不測の事態は文字通り不測だ。前もってマニュアルの準備などできる問題ではない。それでもできるだけいろいろなケースを考えておけば対応力は付く。

 何かが起これば損失は発生する。リスク管理の基本は、その“覚悟”をしておくことでもある。覚悟がないと姑息な方法の誘惑に負ける。こんな問題や考え方の醸成もマネージャ育成には必要なように思う。

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