ビジネスとITのギャップを埋めるのは誰?情シスをもっと強くしよう(1)(3/4 ページ)

» 2009年04月24日 12時00分 公開
[林浩一,@IT]

開発技術空洞化のサイクル

開発ベンダ 「現在、御社の業務担当の方へのヒアリングで詳細な要求を文書にまとめ、弊社の実装担当者に伝えるところで、かなりの遅延が発生しています。そこで、この部分をリカバリするための提案があります」

発注企業 「教えてください。リリース期日が守れるようになるのであれば、弊社としてもできる限りのことはします」

開発ベンダ 「御社の業務担当の方に実装現場に来ていただいて、実装メンバーに詳細仕様を直接伝えてもらうことはできないでしょうか。もちろん、必要になる交通費などは弊社が負担します」

発注企業 「分かりました。詳細要件の内容が残らないのが気になりますが、リカバリを優先しましょう」

開発ベンダ 「快諾ありがとうございます。ところで、業務担当の皆さんはパスポートはお持ちですか?」

 現在、設計実装といった開発技術の中核を担う開発技術者の主体が、一次請けの開発ベンダから、二次請け、三次請けのベンダに移ってきています。最近では、オフショア開発も増えてきたため、極端な例では上記のエピソードのようなことも起こります。

 開発技術者の主体の変化とともに進展したのが、作業単価の低下です。この要因は発注側からのコスト圧縮・圧力ですが、一次請け開発ベンダはトータルサービス化によって収益を維持できます。しかし、二次請け以降のベンダは、作業単価下落の直接的な影響を受けてしまいます。これに、オフショア開発によるコスト削減が拍車をかけています。

 システムの実装は極めて高度で知的な仕事です。作業単価が下がっているために、簡単な仕事だと錯覚している人もいるようですが、これは大きな間違いです。作業単価が下がっているのは、上記で説明したトータルサービス化のビジネスモデルのしわ寄せと、オフショア開発との国際競争にさらされていることの結果に過ぎません。

 技術者として1人前になるには、素質のある優秀な人であっても、3年から5年はかかるものなのです。近年は開発ツールやパッケージが進歩したため、ちょっとしたカスタマイズや定番の画面を作る程度の簡単なプログラムは、経験の浅いプログラマでも簡単にできるようになっています。しかし、ミッションクリティカルなシステムの根幹部分になると、そうはいきません。最も重要な部分は、十分なスキルを蓄積した開発技術者に頼るほかないのです。

 しかし、単価の下落が進んでしまったために、優秀な人材がシステムの設計と実装という仕事から離れようとする傾向が強まっています。優れた開発技術者は、そうでない技術者の数人分の能力を軽く越えてしまうほどレベルが高いのですが、通常、作業単価にその違いは反映されません。

 このような事情があるため、素質のある優秀な人材が、十分な技術知見を得られるだけの経験を積むことなく、より作業単価の高い上流工程へとシフトしていってしまうのです。こうしてスキルの高い開発技術者は、どんどん減少しています。

 この問題は深刻です。ミッションクリティカルなところに技術力が不足している要員を投入してしまった結果、いつ問題が起きても不思議のないシステムが、ビジネスを支える重要なサービスを担っています。

 そのことに、経営層をはじめ、誰も気付いていないという、恐ろしい状況にあります。また、技術知見の伴わないプログラムマネージャが増え、開発の失敗リスクを高めることにもつながっています。この「技術の空洞化の悪循環」が続けば、ユーザー企業が頼りにできる高い技術を持つ開発技術者が、国内からいなくなってしまいかねません。

 「設計・実装の工程は海外に出せばいい」と考える方がいるかもしれませんが、いつまでもそうはいかないはずです。オフショア開発の作業単価が現地の経済成長と需要拡大に伴い、優秀な技術者の作業単価は上がっていくはずだからです。そうすると、オフショア開発のコストメリットも少なくなってしまいます。

3つの悪循環の相互作用

 以上、説明してきた3つの悪循環を図示したのが下の図になります。それぞれの悪循環はほかの悪循環と相互作用して、状況をより深刻なものにしています。

ALT Triplet Devils:3つ子の悪循環(クリックで拡大)

 この3つの悪循環の構造は、筆者の個人的な見方です。

 SI業界は広く複雑ですから、1つのとらえ方だけが正しいといえるものではありません。しかし、開発プロジェクトのリスクが大きくなっていること、トータルサービス化の傾向があること、SI業界を担う優秀な開発技術者が減りつつあること、という大きなトレンドについては、共通の実感を持っている人は多いのではないでしょうか。

Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.

注目のテーマ