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ソニー、「音作り」の哲学を語る(2/3 ページ)

» 2004年04月30日 10時09分 公開
[本田雅一,ITmedia]

 もちろん、その状態に手を加えようとして、物理的な要素を何か変更すれば、音は必ず変化する。しかし、非常に小さな一つ一つの要素の変更によって変わった音を聴き、どちらの音が良いのかを判断するのは、非常に難しい。

 変わったことが分かることと、どちらが良い方向なのかを判断することは、全く別のことだからだ。しかも、音が変わる要素は無数に存在する。“無数の修正個所”の“無数の組み合わせ”の中から、設計者の意図する音を見つけ出していく作業は途方もない。

 TA-F777ESの音は、アドバイスをもらった先輩からさらなる助言をもらい、どこをどう変えればどういった音になるかを徹底的に教え込まれたという。「言われた通りに変更を加えていくと、本当にどんどん音が良くなっていく。驚きました」。金井氏はその経験をノウハウとして身につけ、1983年にはTA-F777ES発売に漕ぎ着けることができたという。

AVの世界にピュアオーディオの血を

 その後、いくつかのアンプ製作に携わったあと、1987年発売の「CDP-R1」以降はソニー製のハイエンドCDプレーヤー、「CDP-R」シリーズの開発を担当。光学系部品を固定式とし、CD回転系を動かすユニークなCDプレーヤー「CDP-R10」などを発表してきた。オーディオブームが去り、業界が縮小する中では、ソニーが得意としていた“光モノ”の分野でしか、手間のかかる“音決め”を徹底的に行いながら開発する「ピュアオーディオ製品」を作ることが難しくなっていたからである。

光学系部品を固定式にしたユニークな構造のCDプレーヤー「CDP-X5000」

 しかしオーディオブームの後、映像を加えたAV時代が到来し、再びアンプに関わる機会が金井氏に訪れる。1997年、市場拡大へと向かっていたAVアンプ開発を行うため、CDプレーヤー開発の現場から離れたのだ。AVの世界に、かつて培ったピュアオーディオの血を注ぎ込むことが目的だったと言えよう。

 AVアンプ初のリーダー作は、やはり最高級機の「TA-E9000ES」(AVプリアンプ)と「TA-N9000ES」(5チャンネルパワーアンプ)だった(いずれも1998年発売)。音質へのコダワリから、デジタル処理で音を扱うAVプリアンプとは別に、アナログ音声を扱う「TA-P9000ES」も後に追加(開発リーダーは別人物だが音決めは金井氏)するなど、「AVアンプだから」という理由で音質に妥協することがなかった製品だった。

 ソニーはこの初代9000ESアンプシリーズ以来、ハイエンド機種を5年間も追加しなかった。動きの速いAV業界にあっては異例のことだ。その間、2機種ほど同シリーズを置き換える製品のプロジェクトが立ち上がり、試作機までは作られたそうだ。

 「しかし、発売には至らなかった。初代9000ESシリーズよりも良い音にならなかったためです。ソニーには役員クラスに至るまでの社内の意思決定プロセスの中に、AV品質の善し悪しが判断できる人間がいる。『ソニーのハイエンド機』として企画し、設計される限り、それに見合う音でなければならない。だから、(製品を開発したとしてもその音質に納得しなければ)発売決定を下す上司の段階でストップがかかる。結局、2機種とも世の中には出なかった」(金井氏)

 その間、金井氏は順にソニー製AVアンプの音決めを重ね、各製品を各価格帯におけるコスト制限の範囲内で「ソニー色(それは金井色なのかもしれない)」に染め上げていった。そしてヒット作の中級AVアンプ「STR-VZ555ES」の音決めを終えると、再びハイエンドAVアンプのプロジェクトを率いることになる。

「STR-VZ555ES」(注・初出の際、写真の製品が違っておりました。お詫びして訂正します)

デジタルアンプの音が悪かったワケ

 直前に開発したVZ555ESは、VA555ESという製品の後継機種である。VAの後がVBではなくVZになった理由は「アナログアンプ最後のES製品だから」(金井氏)だった。

 AVアンプが処理する音源は、そのほとんどがデジタル信号で構成されている。CDはもちろん、DVD、デジタル放送などもそうだ。SACDやDVD-Audio(*2)などの次世代オーディオ規格も、もちろんデジタルである。


*2 DA9000ESは、ソニーとして初めてDVD-Audioに対応するためのアップグレードが施される予定。

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