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映画館が減った? ネットに活路を求めた映画会社

» 2006年09月07日 14時13分 公開
[芹澤隆徳,ITmedia]

 最近、映画館が減っている。

 社団法人日本映画製作者連盟などのデータによると、2000年の国内総スクリーン数は2524。それが2006年には2926になった。「増えてるじゃないか」というツッコミが今にも聞こえてきそうだが、減ったというのは全体の話ではなく、インディペンデント系――いわゆる“街の映画館”の話だ。大資本を背景に拡大を続けるシネマコンプレックスに対し、地方の大都市を中心に昔ながらの映画館が減ってきている。

 2000年の時点では、シネマコンプレックスは1123スクリーン。全体に占める割合44%だった。しかし2006年には1954スクリーンまで増加し、67%を占めるに至る。逆に、6年前は1401あった独立系映画館は972まで減った計算だ。純減数は、従来の3分の1近くになる。

 「近年、映画館といえばシネコンが中心で、街の映画館は減少しています。東京や大阪といった大都市はともかく、地方都市では単館系の映画をみる機会がますます少なくなってしまいました」。

 こう話すのは、映画会社のシグロで配給・宣伝を担当している松村千夏氏だ。シグロは、ドキュメンタリーを中心に記録映画や劇映画を数多く送り出してきた独立系映画製作会社。代表作に「映画 日本国憲法」「ハッシュ!」「チョムスキー9.11」などがあり、メジャーとはいえないものの常に独自の存在感を示し、コアなファン層を抱えている。しかし「やはり見てくれる方の絶対数は少ない」。そのうえ、上映館の減少という難しい問題が持ち上がってきた。

 筆者のような地方出身者は、東京にきて映画館の数に驚き、単純に喜んでいたものだが、裏を返せば地方に映画館が少ないということだろう。最近、地元の駅前にもシネコンが入った商業施設が完成したが、一方で学生時代に行ったことのある映画館はほとんどなくなってしまった。松村氏のいうように、街の映画館がシネコンに取って代わられている。

 一方、国内で制作される映画の数は、むしろ増加傾向にある。しかしハリウッドのメジャー作品ばかりを上映するシネコンが台頭したことで、上映館は極めて限定されているという。

 「地方の大都市にある単館系映画館では、上映作が一極集中していまい、そのため1作品あたりの上映期間が短くなってしまいがちです。封切りから1週間で打ち切られたりすることもあります」。

 これは、制作会社だけでなく、われわれ映画好きにとっても大きな問題だ。たとえば週末に見た映画を気に入って友人に勧めたとしても、次の週末にはもう別の映画に切り替わっていることになる。また上映期間が短くなれば映画会社は時間やお金をかけてPRすることができない。PRもなく、口コミすら難しいとなれば、作品の存在を知るチャンスすら減ってしまう。

photo 映画「もんしぇん」は、美しい天草の海を舞台にしたファンタジー。監督・脚本は今回がデビュー作となる山本草介。主人公の“はる”は「千と千尋の神隠し」でリン役をつとめた玉井夕海だ。彼女が12年前に天草の海と出会ってインスピレーションを感じ、長い年月をかけてこの物語を育んできたという。上野・一角座にて公開中

 そうした状況の中、シグロが目をつけたのはネットシネマだった。昨年8月、ブロードバンドタワーと業務提携を行い、同社作品をネット配信する「SIGLOtheater」を立ち上げた。システム構築や運営はブロードバンドタワーが担当。これまでに「日本国憲法」(配信終了)や「花子」(無料配信中)といった作品を配信している。さらに今年8月にはそれを一歩進め、新作映画「もんしぇん」の劇場公開と同時にネット配信を開始。もちろん「商業用映画としては国内初の試み」だ。

 通常、ネット配信といえば、映画会社が作品を提供するウインドウの中でも後回しにされやすいものだ。大抵はDVD販売が一段落した後で、レンタルDVDなどと同時期か、それ以降に提供されることが多い。しかし今回は、レンタルどころかセルDVDまで差し置いて、劇場公開と同じタイミングで配信を始めたという。

 「普通、公開と同時にネット配信をするなどと(制作会社が)言ったら、劇場側は嫌がるものです。でも、今回の上映館『一角座』さんは理解がありました」。

映画のバリアフリー化

 上映館が快諾した背景には、「地方在住のファンにも観てもらう」ことにくわえ、もう1つ大きな理由があった。「今回の同時配信では、台詞や効果音を日本語字幕で流し、聴覚障害者の方々にも楽しんでいただけるようになっています。いわば映画のバリアフリー化ですね」。

 配信には、Windows Mediaを利用する。字幕を利用するユーザーは、ファイルをダウンロードしたあと、Windows Media Playerを起動。再生メニューの「キャプションと字幕」で「利用できる場合はオン」にチェックを入れればいい(デフォルト設定はオフ)。ダウンロード販売の料金は、劇場前売り券と同じ1700円。再生期間は1週間に設定されている。

photophoto 字幕は画面下部に表示される。有無は選択可能

 再生環境がパソコンに限定されてしまうのは少々残念だが、上映館が少ない地方在住のファンにとっては嬉しい試みといえそうだ。一つ気になるのは、DVD販売への影響。先にダウンロード配信が行われることで、数ヵ月遅れで発売されるDVDの売れ行きが落ちてしまうことはないのだろうか。

 「もんしぇんに関しては、コアなファン層がつく映画だと考えています。DVDを持っていたいという人も多いでのはないでしょうか。また、今回はあくまでもテストケースなので、実際にDVDが発売されたあとに今後の方針を決めたいと思います」。

 上映館の減少という状況のなか、ネット配信という方法を見つけた映画会社。未だ試行錯誤の中にあるが、映画のバリアフリー化という流れも合わせ、映画ファンとしては応援したくなる試みだ。シグロでは、将来の作品で日本語字幕にくわえ、視覚障害の方に向けた副音声入りの作品なども順次制作していく方針だという。

 「映画には複数の制作会社が関わるため権利関係に時間がかかるものもありますし、やはり劇場側から(ネット配信に)ストップが出ることも考えられます。今後の作品をすべてネット配信できるとは思いませんが、要望の多い作品などに関しては積極的に取り組んでいきたいです」

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