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ハイパーソニックの伝道師が手がけた「AKIRA」の世界麻倉怜士の「デジタル閻魔帳」(2/3 ページ)

» 2016年11月24日 18時01分 公開
[天野透ITmedia]
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麻倉氏:この研究を受けて、今回は40kHz以下を抑え気味にして80kHz近辺をしっかり出す、という方針を採っています。CDと192kHz/24bit音源、DSD 11.2MHzを比較すると、11.2MHzの凄みというか、音源が持っている体感的というか快感というか、皮膚に直接放射して入ってくる浸透力のようなものが凄くあります。

 まず1曲目の「金田 KANEDA」ですが、これには最初に出てくる雷鳴とバイク音とヘリとの合成にまずビックリしました。この雷鳴に大橋先生は大変なこだわりを持っており「1つは東中野で録音した都会の落雷音、もう1つはタイの黄金三角地帯で収録した遠雷、この2つを合成した」と話されていました。未来都市を舞台にしたAKIRAは都会的なシャープで暴力的な音が作品の屋台骨ですが、そこに熱帯雨林という正反対の空間で採取されたハイパーソニックを加えています。

 この雷鳴に関して、CDではショックこそありますが、音の体積的には薄くノビも少ないという感じです。192kHzの時はハイレゾ的なクリアさや伸びやかさがあり、衝撃が凄いというよりも気持ち良い感じがしました。これに対して11.2MHzのDSDでは途端に臨場感が出てきました。現場感というか空気感というか、そこに厚い空気が漂っていて、その中をいかずちが伝播して雷鳴が轟く。音の立ち上がりは速いですが同時に抱擁感があり、心地良いスイートなバイオレンスという感じがしました。

 今回のウルトラディープエンリッジメントでは、音源の自然な存在感というもう1つ特長を挙げることができます。多くのトラックでインドネシアの民俗音楽であるガムランに用いられる「ジェゴガン」という低音楽器が用いられており、音としては「ブオッ」という空気が震える感じが出るのが特長です。以前バリ島の屋外でガムランを聴いた時、ジェゴガンの音は“雄大にしてスイート”ともいうべき、森に消えゆく感じの低音でした。ところがCDでは倍音は出ているのに基音が出ないような感じで、まるでスケールが矮小化されてしまっています。対して今回のDSD 11.2MHzでは雄大なスケール感や安定感があり、かつ低音の馬力感やツッコミ感がクッキリと出てきました。

 比較をすると、11.2MHzではCDよりもはるかに低音に量感があります。音としても超高音域の100kHzあたりまで出るため「高音が伸びるというよりも低音が安定してきて雄大になり、よりスケール感が増す」というハイパーソニック的な効果が表れるのです。

――「スーパーツイーターを置いたシステムでは低音に自然な安定感がある」という話をよく聴きますが、正にこれと同じ効果が表れているという訳ですね

麻倉氏:今回のウルトラディープエンリッジメント処理によって最も効果的と感じたのは、臨場感の高さと低音感の充実といった要素です。芸能山城組ならではの、本能を刺激するような興奮的な音作りが、クリアに伝えられています。Symphonic Suite AKIRAは全10曲それぞれに特徴があるので、是非聞いてもらいたいです。

ハイパーソニック領域と人間の感覚について解説をする芸能山城組の仁科エミ氏。本作のマスタリングを担当した工学博士

麻倉氏:スーパーツイーターの話が出てきたので、大橋先生と京セラが共同開発した200kHz再生に対応するスーパーツイーターの情報もアナウンスしておきましょう。昨今はハイレゾが普及していますが、残念ながら高音をハイパーソニック領域まできちんと再生するものは意外と少ないのが実情です。

――ハイレゾ対応をうたうスピーカーやヘッドフォンなどが再生するのは40kHzまでが一般的で、標本化定理に従ったナイキスト周波数を考えると、PCM音源のスペックではあくまで96kHzまでしか保証されないことになります

麻倉氏:スピーカーのハイレゾ対応が高音質を保証する訳ではないですが、それとは別にハイパーソニック領域をキッチリ鳴らすことは可聴帯域の聴感を上げるという意味において重要です。私も村田製作所のスーパーツイーターを使っていますが、この音域が再生できない限り「ハイパーソニック命」の大橋芸術は完成しません。大橋先生のスーパーツイーターは、いくつものメーカーに断られ、唯一京セラが受けて立ってくれ、共同開発で完成にこぎ着けたそうです。

 実際にスーパーツイーターのあり/なしで試聴イベントをしてみたのですが、これがまるで違って驚きました。スーパーツイーターありで大橋音源を聴いた後に外してみると、まるでMP3になったような感じです。可聴外帯域は耳で聞こえずとも、エネルギーとして体はキチンと感じているのです。音が活性化され生命力が吹きこまれる感じです。

――ハイレゾが出てきたときに「コウモリを相手に音を聴かせるのか」と揶揄(やゆ)されたこともある可聴外帯域ですが、やはり現実の音と削られた音には差があるということですね。人間の感覚というのはある面では適当であると同時に、別の面では極めて繊細なのだと感じます

麻倉氏:実は大橋印のハイパーソニック音源は、この春に開業した新宿駅南口の高速バスターミナル「バスタ新宿」隣の商業施設「NEWoMan」で聴くことができます。スーパーツイーター付きのスピーカーユニットが数十台用意され、熱帯雨林の大橋音源が一日中流れており、ここに行けばいつでもハイパーソニック効果を体験できるので、気になる方は試しにNEWoManへ行ってみると良いでしょう。

京セラとの共同開発によるスーパーツイーター。一般的なものは100kHzまでだが大橋氏のこだわりにより200kHzという超高音域の再生を可能にした

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