5年先を行く須磨学園の「制ケータイ」:小寺信良「ケータイの力学」
11月26日に放送したニコニコ生放送「MIAU Presents ネットの羅針盤」でも紹介した、私立須磨学園中学・高校の「制ケータイ」導入事例は、とても興味深い取り組みだ。この取り組みが広まれば、ケータイは親が管理できないからダメ、という論調は意味がなくなる。
11月26日、インターネットユーザー協会(MIAU)のニコニコ生放送公式番組にて、「ここまで来た、学校とネットの新しい関係」と題した放送を行なった。内容的にあまりネットユーザー受けしないように思われたので視聴者数が心配されたが、実に2万人以上が視聴する結果となった。ニコニコ動画のプレミアム会員なら、1週間以内であればタイムシフト視聴できるので、ぜひご覧いただきたい。それ以降はニコニコ動画にアーカイブを掲載しているので、そちらをご覧いただいても構わない。
番組では、東京都教育庁のICTプロジェクトによる都立高校の実際、過去このコラムでも取り上げたことがあるTwitterで情報公開する越谷市大袋中学校、そして兵庫県神戸市にある私立須磨学園中学・高校の「制ケータイ」を導入事例をご紹介した。
特に制ケータイ導入のニュースは、子どもとケータイ、ひいては情報教育に関わる人達の間ではかなり大きな衝撃をもって迎えられたのだが、その細かい実態などはよく分からなかった。制ケータイというからには、おそらく普通のケータイ契約とは違う形だろうとは想像していたのだが、実際にはいわゆる企業で契約するビジネスフォンを、教育にふさわしい形にかなりカスタマイズしていることが分かった。
簡単に言えば通常のケータイは、端末とキャリアが直結しているが、制ケータイの場合はキャリアとケータイの間に、学校のサーバが入る。このサーバが、メールやWebのフィルタリング機能も提供し、利用制限なども行なっている。つまり、子どもとネットの間に、「プロバイダ」として学校が割り込んでいるという格好だ。
サーバを入れるメリットはほかにもある。子どもたちの通信ログが録れることである。もちろん学校側がむやみにログの内容を閲覧することはないが、保護者からの開示請求や承諾があれば、ログ開示に踏み切る。
掲示板などでの誹謗中傷、いわゆる「学校裏サイト化」する原因は、ネットを匿名であると勘違いすることにある。ネットによるアクセスは必ず各通信レイヤーごとにログを取っているので、実際には匿名だということはあり得ない。ただ、いったんログの開示請求を行なうとなると、複数の事業体が関与してくるため、手続きが面倒なだけである。
しかし学校が一元的にログを握って、いざとなれば「キミタチがやったことなどまるわかり」ということが担保されていれば、それ自体が抑止効果として働くことになる。実際にログを見ることなしに、生徒がネットの仕組みを知ることで、自重していくわけである。
当然生徒のアンケートでは、ログを見られるかもしれないということに関して約半数が抵抗感を示している。しかし、普通のケータイやパソコンによるネットアクセスでも、誰かにログを握られているという事実には変わりがないわけで、子どもたちはその事実をいち早く実地で学んでいるということである。
ケータイ利用を見守るシステム
実際に制ケータイを所持しているのは、2010年度に入学した中学1年生と、高校1年生、そして先生全員である。他の学年は、希望者のみという方針だ。つまり、入学前から制ケータイというシステムを導入することを納得ずくで入学してきた子ども全員が対象、というわけである。
制ケータイ間の通話は、内線扱いなので無料だ。メール、ネット利用は、定額基本料月額3500円を保護者が負担し、4万パケットまで無料、それを超過すると、学校側から生徒を通じて各家庭の実費負担となる。子どもたちはこの4万パケットをうまく使って、コミュニケーションや調べ学習などを行なう。使いすぎたらまず生徒にその連絡が行くことで、どの利用が原因だったのか反省する材料にもなっている。
こうなると、かなりがっちり管理しているように思われるが、実際にはかなり制ケータイによってオープンになっている部分も大きい。例えば生徒間のメールアドレスは、名字を入れれば選択肢が表示されて、何年何組の誰々というフルネームが分かるようになっている。つまり学内の誰でもが、お互いのメールアドレスを知ることができるようになっている。
Webアクセスについても、夜10時から翌朝6時までは、学校側のサーバがアクセスを遮断する。子どもがいらっしゃらない方はご存じないかもしれないが、PC用のフィルタリングソフトにも、同様のアクセス制限機能がついており、ペアレンタルコントロールとして利用時間を制限するというのは当たり前の行為だ。ただケータイでは一部キャリアでしか実現できなかったのだ。
ケータイでもここまで手を入れられるとなれば、話は大きく変わってくる。これまでケータイは、親が管理できないからダメだ、という論調だったが、それは意味がなくなる。ケータイはもっとも身近で、これから先もなくなることはないパーソナルなネットのアクセスツールだ。やがてはスマートフォンや電子教科書のようなものに形を変えるにしても、それが使える年頃の子どもたちに段階的な指導ができる仕掛けとして、制ケータイのようなシステムはもっと研究されるべきであるし、拡がっていい取り組みであろう。
小寺信良
映像系エンジニア/アナリスト。テレビ番組の編集者としてバラエティ、報道、コマーシャルなどを手がけたのち、CGアーティストとして独立。そのユニークな文章と鋭いツッコミが人気を博し、さまざまな媒体で執筆活動を行っている。最新著作は津田大介氏とともにさまざまな識者と対談した内容を編集した対話集「CONTENT'S FUTURE ポストYouTube時代のクリエイティビティ」(翔泳社)(amazon.co.jpで購入)。
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