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Winny開発者逮捕で波紋、P2Pの将来に懸念も

» 2004年05月10日 15時27分 公開
[小林伸也,ITmedia]

 ネット界を風靡したP2Pファイル共有ソフト「Winny」の開発者に遂に司法の手がのびた(関連記事参照)。著作権者側からは歓迎する声が上がっている一方で、「P2Pイコール悪という図式ができあがってしまい、新技術の芽が摘まれるのでは」という懸念もある。

「2chネラー向きのファイル共有ソフトつーのを」

 発端は2002年4月1日午前5時35分、「2ちゃんねる」の「ダウンロード板」−「MXの次はなんなんだ?」スレッドに書き込まれた宣言だった。

 47 名前:   投稿日: 02/04/01 05:35 ID:WTyTkgT/

暇なんでfreenetみたいだけど2chネラー向きのファイル共有ソフトつーのを作ってみるわ。もちろんWindowsネイティブな。少しまちなー。

 この書き込み番号から「47」氏と呼ばれてきた人物によって、Winnyは2002年5月上旬、作者のWebサイトに公開された。前年に逮捕者が出た「WinMX」などとと異なり、PCを仲介する中央サーバを必要とせず、暗号化されたファイルを「ノード」と呼ぶ各ユーザーのPCを次々と経由させることでダウンロードさせる仕組みを採用。ダウンロード要求を出したPCと、該当ファイルを持つPCがダイレクトに1対1で接続されることがないため、違法ファイルを持つユーザーが特定されにくい匿名性の高さが最大の特徴だ。

 このため違法ファイルを入手しても“足がつきにくい”P2Pソフトとして評判を呼び、急速にユーザーが広がった。コンピューターソフトウェア著作権協会(ACCS)が調べただけでも、昨年1月の時点で約22万5000人が同ソフトによるファイル共有を経験したことがあると答えており、実際の利用者は約100万人とするデータもある。WinnyユーザーのデータトラフィックがISPの回線を圧迫し、Winnyトラフィックを制限するISPも相次いだ。

 Winnyで流通していたファイルは映画や音楽などの複製物や児童ポルノといった違法なものがほとんどだったのが実情だ。ACCSなどの著作権者側は警戒を強める一方、警察は立件に向けて内偵を進めていたとされる。

 京都府警は昨年11月、Winnyでゲームソフトや映画を不特定多数に送信しうる状態に置いたとして、少年ら2人を著作権法違反の疑いで逮捕した。この際に47氏も家宅捜索を受け、ソースコードは押収された。

 京都府警は2人の逮捕までにWinnyの仕組みの解析は済ませていたと見られるが、ソースコードの入手でさらに解析も進み、事実上Winnyとそのネットワークは丸裸にされていた。

 「運び屋を捕まえることはできるけど、法的な責任はそれほど問えない可能性があるってことです。そして、運び屋と違い、警察が簡単に車止めて中身を見られない状況なわけです」

 「個人的な意見ですけど、P2P技術が出てきたことで著作権などの従来の概念が既に崩れはじめている時代に突入しているのだと思います。お上の圧力で規制するというのも一つの手ですが、技術的に可能であれば誰かがこの壁に穴あけてしまって後ろに戻れなくなるはず。最終的には崩れるだけで、将来的には今とは別の著作権の概念が必要になると思います。どうせ戻れないのなら押してしまってもいいかっなって所もありますね」

 京都府警は、47氏によるこれらの書き込みから、47氏が当初から摘発されにくいP2Pソフトの開発を目指しており、これが著作物の違法複製に利用される認識もあったと判断、著作権法違反のほう助容疑での立件が可能と判断したもようだ。

「ほう助」?

 ソフトウェア開発者がほう助に問われた事件では、2000年に判決が出た「大阪FLMASK裁判」がある。画像にマスク処理を施す「FLMASK」の開発者がわいせつ図画公然陳列のほう助で起訴されたものだ。

 判決では、開発者が自分のサイトから、同ソフトでマスク処理した画像を集めたサイトへのリンクを張っていたことに対し「わいせつ画像の閲覧を助長していた」と認定、有罪が確定している(判決文)。

 Winny開発者の場合、明示的に違法ファイルの交換を呼び掛けたことはなく、むしろReadmeなどでは違法ファイルの交換はしないよう明記していた。FLMASK裁判に関わった小倉秀夫弁護士が指摘するように、Winnyそれ自体は「著作権違反以外にも使える『中立的な道具』」だ。

 おそらく問題となるのはWinny開発者の“真の意図”=故意か否か、犯罪を予見していたかどうか、の立証だ。

 報道では、Winny開発者は取り調べに対し、「結果的に自分の行為が法律にぶつかってしまうので逮捕されても仕方ない」と供述しているという。また「現行のデジタルコンテンツのビジネスモデルに疑問を感じていた。体制を崩壊させるには、著作権侵害を蔓延させるしかない」などとも供述したという。

 2ちゃんねるの書き込みが決め手になる可能性もあるが、匿名掲示板という性格上、これらが本当に47氏本人の書き込みかどうかは不明とされる。2ちゃんねる管理人のひろゆき氏はメールマガジンで、「47氏が書き込みをしたころは、2ちゃんねるはログを取ってません。そんなわけで、開発意図の立証は不可能なわけですが」とコメントしている。

 ただ前例のない事件だけに、京都府警が立件に当たって慎重を期したのは間違いなく、これまでの任意捜査などを通じて公判維持に必要な“証拠”をそろえている可能性は高い。

“P2Pイコール悪”に懸念

 「これがすべてを一変させるだろうってこと、理解しているかい?」──ネットワークに接続されたPC同士が1対1で通信を行うP2P(Peer to Peer)技術が注目を集めたのは、1999年に米国で登場した「Napster」からだ(関連記事参照)。

 最盛期には日本を含む世界各地のユーザー約4000万人が音楽ファイルの交換に利用した。「NapsterのせいでCDの売り上げが減った」などと音楽著作権者団体が巨額の賠償金訴訟を起こし、P2PネットワークとしてのNapsterは事実上消滅した。だがNapsterがP2Pの可能性と破壊力を同時に見せつけたその後、「KaZaa」など同種のソフトが次々に登場した。

 開発者の逮捕でWinnyネットワークは事実上の終息に向かう可能性が高い。「技術と法律はいたちごっこで、また新しいソフトが登場する」との指摘もあるが、今後は同種のソフトの開発だけでもリスクを負う可能性があるため、少なくとも国内からアングラ的なP2Pソフトが登場する可能性は低いという見方もある。

 しかしP2Pに取り組む関係者が懸念するのは、ユーザーに加え開発者の逮捕にまで至ったことで、“P2Pイコール悪”という図式が定着してしまうことだ。P2Pを利用した情報交換の試みはNTTなどが取り組んでいるほか、NTTコミュニケーションズの「わざアリ」のように、Winnyなどでの交換をむしろ歓迎しているプロモーション手法も試みられている(関連記事参照)。

 確かに現状では実用的なP2Pは“大きな可能性”にとどまってはいるが、P2Pアプリケーションが花開く前に芽が摘まれてはたまらない、というのが関係者の一致した思いだ。

 また「単なる道具」として有用なソフトを善意で公開した開発者が、ユーザーの悪用次第で思わぬリスクを負う可能性もあり、開発者マインドが減退する恐れもある。“ブロードバンドの最重要キラーアプリ”と皮肉混じりに呼ばれたWinnyだが、今は捜査の進展をかたずを飲んで見守るしかない。

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