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迫る米国勢、ベクターで立ち向かうNEC

» 2004年10月20日 19時50分 公開
[小林伸也,ITmedia]

 「NECのベクタースーパーコンピュータは今年でちょうど20年。テクノロジーとアーキテクチャの両面でブレイクスルーを続け、世界最高を達成してきた」──理論値ながら世界最高性能を達成した「SX-8」を発表したNEC幹部の発言には、国産唯一となったベクター型ベンダーとしての自負がにじむ(関連記事参照)

SXシリーズ20年

 急激な技術革新が進むコンピュータ分野にあって、2002年から世界最速の座に君臨し続けてきた「地球シミュレータ」。ところが9月、米IBMの「BlueGene/L」が36.01TFLOPSを叩き出して地球シミュレータ(35.86TFLOPS)を上回った、と発表。IBMは「最速スーパーコンピュータとしてのNECの天下は終わった」と“宣言”した。

 「わずかな差だったが、喜々として発表されたな、と思う」とNECの近藤忠雄執行役員常務は苦笑する。

 記録を達成したBlueGene/Lは、汎用プロセッサ(PowerPC)1万6000個を並列化したスカラー型。NECは「スカラー型はメモリ性能やノード間データ転送性能がベクター型に比べ大きく劣る」ため、理論値に対する実効性能が低いと指摘する。

 近藤常務は「エンジンの空回しを評価してもダメ。しっかりしたボディがあってこそ速く走れる」と例えるが、Top 500とIBMが性能評価に使っているベンチマークソフト「Linpack」はデータ転送能力の差が出にくく、実効性能を評価するには問題があるとの指摘がある。このため従来の評価方法を見直す動きも起きている(関連記事参照)

 だがスカラー型は、汎用プロセッサを使用する分低コストで高性能を得られるというメリットもある。米エネルギー省「ASCIプロジェクト」や汎用プロセッサの高性能化がベクター型からの切り替えを後押しし、現在はTop 500にランクインするスーパーコンピュータのほとんどがスカラー型だ。

 代表的なベンダーだった日立製作所や富士通がベクター型から撤退し、今も残るのはかつて日米貿易摩擦で争ったNECと米Crayの2社。その両社も、2001年にはNEC製マシンをCrayにOEM供給する提携を発表している。

 NECも顧客ニーズに対応するため、Itaniumを搭載した「TX7」やx86系の「Express5800」などでスカラー型をラインアップしている。だがあくまで頂点はベクター型。海洋大循環モデルのシミュレーションや衝突解析、ナノテクノロジー実験のシミュレーションなど、計算とデータ量が大規模になるにつれ、ベクター型のメリットが効いてくるからだ。

 特にメッシュの細かさが予報精度に影響する気象分野で強く、SX-8を早速発注した英国気象庁など各国に納入実績がある。

SX-8のCPUユニット

迫る米国勢に日本の戦略は?

 数値上の「わずかな差」ながら、BlueGene/Lが地球シミュレータを上回ったのは事実。技術が進化し続ける以上、「当然予測された結果」(近藤常務)だ。

 問題はこの先。IBMが「喜々として」発表したのも、地球シミュレータからトップ奪還を目指す米国政府の強力なプレッシャー、加えて強力な資金援助があったからだ。

 スーパーコンピュータの開発には巨額のコストがつきもの。NECによると、SX-8の1台の“定価”は約1億3000万円。最高性能の65TFLOPSを発揮させるには512ノードが必要で、構築コストまで含めれば国家プロジェクト級の巨額の費用が必要になる。実際に世界最速の性能を発揮できる可能性は低い。

 500億円が投じられた地球シミュレータは大きな成果を挙げたが、後継プロジェクトは具体化していない。近藤常務は「後継については私どもからはコメントを控えたい」としつつ、「高性能スーパーコンピュータは最先端の技術が必要で、国レベルの補助がないと難しい。地球シミュレータのように、今後も国の支援と連携が必要」と話す。日本は米国が見切りを付けたベクター型で頂点に立ったが、今後もトップを維持できるかどうかは日本の科学技術戦略にかかっている。

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