小林啓倫のエマージング・テクノロジー論考
“米国のAI覇権”に終止符? 「中国AI」の台頭が突き付ける日本企業への3つの問い(1/3 ページ)
2025年1月27日、米NVIDIAの株価は1日で約17%下落し、時価総額にして約5890億ドル(当時のレートで約88兆円)が消えた。米国株式市場史上、単一企業の1日での時価総額消失としては最大規模の記録だ。
引き金を引いたのは、AIスタートアップの中国DeepSeekがリリースしたAIモデル「R1」だった。わずか約560万ドル(約8億円)の学習コストで開発されたとの報道も出たことから、「巨大な計算資源こそが競争力だ」という前提を根底から揺さぶった。
それから1年が経過した26年2月、今度は1社ではなく、3社が同時に動いた。AlibabaとByteDance、DeepSeekの中国テック3巨頭が旧正月前後に新モデルを相次いで投入し、AIの最前線に再び衝撃を与えた。単なるバージョンアップではない。「中国製AIは米国製AIと、もはや差がない」と宣言するための、戦略的な同時多発リリースだった。
旧正月の“一斉射撃”
旧正月の前日である2月16日、AlibabaはマルチモーダルなAIモデル「Qwen3.5」をリリースした。そのタイミングは偶然ではなく、意図的なマーケティング戦略によるものと考えられる。
Qwen3.5は技術的にも際立っている。総パラメータ数は3970億だが、タスクに応じた領域のみを稼働して計算効率を高めるMoE(混合エキスパート)アーキテクチャにより、実際に動作するのは170億だけだ。前世代のフラグシップモデル「Qwen3-Max」は1兆パラメータを超えるモデルだったが、Qwen3.5はQwen3-Maxの性能を上回ると主張する。
動作速度はQwen3-Maxの最大19倍、APIコストは米GoogleのAIモデル「Gemini 3 Pro」の18分の1という。またテキスト・画像・動画を単一システムで同時に処理するネイティブマルチモーダル設計を採用し、201言語に対応している。
ByteDanceも旧正月にあわせて動いた。12日に動画生成AIモデル「Seedance 2.0」、14日にAIモデル「Doubao 2.0」を相次いでリリースした。Seedance 2.0は特に大きな波紋を引き起こした。リリース翌日にはSNS上で、「Seedanceに2行のプロンプトを打ち込んで生成した」という、俳優のトム・クルーズとブラッド・ピットが廃墟で戦う精巧なディープフェイク動画が拡散した。
これを受け、米国映画協会(MPA)は「Seedance 2.0は1日にして米国著作権物を大規模に無断使用した」との声明を出し、著作権の侵害はバグではなく、Seedance 2.0の「仕様」と断じた。またDisneyとNetflix、Warner Bros.、Paramount、Sonyも自社の著作物の使用停止を求める書簡をByteDanceに送付した。
DeepSeekは旧正月での新モデル投入を公式には発表していないが、開発者コミュニティーは複数のシグナルを捉えた。1月下旬、DeepSeekのGitHubリポジトリ「FlashMLA」に「MODEL1」という新たなアーキテクチャの識別子が114ファイルにわたり28回登場し、次世代フラグシップモデル「V4」の基盤となる設計を静かに公開した。米IT専門媒体「The Information」は関係者の証言として、旧正月前後にV4をリリースすると報じた。
3社の動きをまとめると、三者三様のキャラクターが浮かぶ。Alibabaはエンタープライズへの展開の広さ、ByteDanceは消費者向けエンターテインメントの深さ、DeepSeekはアーキテクチャ革新の鋭さと、それぞれが異なるベクトルで米国AI産業を猛追している。
なぜ中国勢が強いのか
中国AI企業の強さを考える際、「安く作る努力」という点が1つのポイントとなるだろう。例えば、DeepSeekは米国の対中輸出規制により、最先端GPUの入手制限という構造的なハンディキャップを背負っている。にもかかわらず、あるいはだからこそ、同社は「少ない計算資源でより賢いモデルを作る」という問いに真摯に取り組み、独自の答えを見つけてきた。
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小林啓倫のエマージング・テクノロジー論考
生成AIやメタバース、新たなサイバー攻撃など、テクノロジーの進化が止まらない。少しずつ生活の中に浸透し、その恩恵を預かれることもある一方、思いもよらない問題を生み出すこともある。このコーナーでは、さまざまな分野の新興技術「エマージング・テクノロジー」について、小林啓倫氏が解説する。
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