小林啓倫のエマージング・テクノロジー論考
“米国のAI覇権”に終止符? 「中国AI」の台頭が突き付ける日本企業への3つの問い(2/3 ページ)
DeepSeekは、その成果を26年に続けて発表している。1月1日には、創業者の梁文鋒を共著者に迎えた論文で「mHC」(Manifold-Constrained Hyper-Connections)という学習手法を提案した。これは、学習中のモデル内部での「情報の流れ方」を最適化し、大規模なコンピュータを使わなくても精度を維持したまま学習できる設計という。
13日には「Engram」と呼ばれる記憶のアーキテクチャに関する論文を公開。静的な知識の参照と動的な推論を分離することで100万トークン超の超長文脈を効率的に扱う仕組みを示した。これらはいずれも、次世代フラグシップV4の設計基盤となるとみられる。
いうなればDeepSeekは、「計算資源を節約しながら世界水準のAIを作る」という(やむにやまれぬ)アプローチを武器にしている。NVIDIAのチップが潤沢にある米国の競合と同じ土俵では戦わず、効率の設計思想そのもので勝負している。
この「DeepSeekメソッド」は、同社にとどまらず中国のAI全体のモデルケースとなっている。AI開発企業の中国Zhipu AIは、2月12日にリリースしたAIモデル「GLM-5」について「米国製半導体を一切使わずHuaweiのAscendチップのみで学習完了した」と宣言。半導体の自立も視野に入れるという。
ただし、DeepSeekメソッドの効率性だけでは説明できない側面も明らかになっている。米Anthropicは23日、DeepSeekと中国Moonshot AI、中国MiniMaxのAI企業3社が、約2万4000の不正アカウントを通じ、AnthropicのAIモデル「Claude」から能力を組織的に抽出する「蒸留攻撃」を行っていたと公表した。
その規模は1600万件以上のやりとりに及ぶ。Anthropicによれば、蒸留で構築したモデルには、生物兵器の開発やサイバー攻撃を防ぐための安全機構が欠落する可能性が高い。中国AI勢の急速な追い上げは、独自の効率化だけでなく、米国のAIモデルからの能力抽出にも一部依拠している可能性がある。この事実は「中国製AIは米国製AIと、もはや差がない」という評価の裏側に潜んでいるリスクを問い直す材料となるだろう。
“オープン化”は善意ではない
中国発AIのもう1つの特徴として、フラグシップモデルを続々とオープンモデルとして公開していることが挙げられる。DeepSeekをはじめ、ZhipuのGLMやMoonshot AI、AI開発企業のKimiなどがオープン化を進行中。この動きを「技術の民主化への善意」と解釈するのは楽観的過ぎる。実態は、米中対立という地政学的な文脈における信頼構築戦略だ。
クローズドなモデルは「中のコードが見えないブラックボックス」として安全保障上の懸念を生む。一方、オープンモデルはコードを公開しているため、独立した検証が可能であり、米国政府が輸出規制や利用禁止を持ち出しにくい。グローバルの開発者コミュニティーからの信頼も獲得しやすい。「敵視されにくい技術戦略」として機能する。
その効果は着実に現れている。技術系メディア「MIT Technology Review」は、1月に以下のように指摘している。「シリコンバレーのスタートアップが中国製のオープンモデルをベースに製品を作るケースが静かに増えており、中国のAIモデルと米国の最先端のAIモデルの差は、数カ月から数週間程度へと縮まり続けている」(MIT Technology Review)
また欧米の企業や組織の間でも、建前では「中国製AIは使わない」と言いながら、コスト効率の優位性から実態として依存が広がる。つまり「敵対しながら依存する」という矛盾した共存関係が生まれつつある。
その圧力は米国内の行動変容という形でも確認できる。長年「クローズドであることが競争優位の源泉だ」と主張してきた米OpenAIは、25年8月にオープンなAIモデル「gpt-oss」を公開した。この転換は自発的な開放というより、中国勢のオープン戦略への対抗措置と読むべきだろう。「オープン vs. クローズド」の戦線が塗り替えられ、クローズドに固執する理由が急速に失われつつある。
AIモデルのオープン化が進むということは、競争優位がモデル自体ではなく「データ・UX・ユースケース」に移ることを意味する。今、AIの差別化戦略の前提が変わりつつある。
日本企業に突き付けられる問い
ここまでの話は「海外の出来事」ではない。日本企業が今すぐ自分たちの調達・リスク・競争戦略を問い直すべき、実践的な問題だ。
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小林啓倫のエマージング・テクノロジー論考
生成AIやメタバース、新たなサイバー攻撃など、テクノロジーの進化が止まらない。少しずつ生活の中に浸透し、その恩恵を預かれることもある一方、思いもよらない問題を生み出すこともある。このコーナーでは、さまざまな分野の新興技術「エマージング・テクノロジー」について、小林啓倫氏が解説する。
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