人型ロボブームを“先駆者ホンダ”はどう見る? 「悔しさもあるが……」 次の一手を聞いた
「悔しさがないことはない」――Hondaグループで研究開発を手掛ける本田技術研究所の吉池孝英氏は、人型ロボットのブームに対するこのような心境を明かした。
昨今、米国と中国の企業を中心に人型ロボットの開発競争が熱を帯びている。背景にあるのは、センサー類で認識した情報をもとにAIが考えて物理的なデバイスを動かす「フィジカルAI」の発展だ。自律動作をうたうモデルが相次いで登場しており、展示会で二足歩行やダンスなどのデモを見かける機会も増えてきた。
このブームの20年以上前に人型ロボットで注目を集めた“先駆者”がいる。2000年に「ASIMO」を世に送り出した本田技研工業(以下ホンダ)だ。一方、現在は人型ロボットではなく、ロボットハンドの開発に注力している。
ホンダは足元のブームをどう見ているのか。人型ロボットを再び開発しないのか。5月28~29日に東京都で開催された人型ロボットのイベント「Humanoids Summit Tokyo 2026」に登壇した吉池氏に聞いた。
人型ロボブームは「少し加熱しすぎ」
ホンダのロボット開発の歴史は、1986年までさかのぼる。二足歩行できるロボットの研究から始まり、2000年にはASIMOを発表するなど、モビリティを手掛ける企業として移動性能を中心に開発してきた。
一方、吉池氏によると、人型ロボットを日常生活に導入する際の安全性などの課題により、事業展開を見込めなかったという。そこで、移動よりも手による操作の方が実用的な価値を提供しやすいとの見立てから、21年ごろにロボットハンドの研究にシフトした。
現在もASIMOで培った技術をもとにした研究を続けているものの、ASIMOそのものの開発は終了している。吉池氏は、ホンダが先んじて手掛けた人型ロボットに注目が集まる現状について「悔しさがないことはないけれど、全部ができるわけではない」と語る。
「われわれは昔やったが、今は違うプレイヤーが違う価値を提供している。われわれには別のやりたいことがあり、全部をやれたら良いが、全部はできない。現在大切にしているのは、素早く、きちんとした形で価値を提供することだ」(吉池氏)
過去の経験を踏まえ、現在のブームを冷静に分析している側面もある。吉池氏は、脚が付いた人型ロボットを念頭に「少し加熱しすぎている」との見方を示す。
「われわれがモデルベースモデルベース(数式やブロック図などでコンピュータ内に作ったモデルで開発シミュレーションする方法)で作っていた人型ロボットの動作が、深層強化学習(AIが試行錯誤して最適な行動を学ぶ手法)を使えるハードウェアの進歩もあり、ある意味で一般人も簡単に作れるようになった」
「この変革をベースに、ASIMOが手を振って歩いていた“世界”が(人型ロボットで)カンフーもできるようになった。けれど、本質的にはそれほど変わっていない」(吉池氏)
吉池氏が重視するのは、ロボットのより実用的な活用だ。エンタメでの利用にも価値があるとする一方、ASIMOでの取り組みを例に「他社さんより20年前に同じことを経験してきているので、エンタメだけだと足りないよね、とは感じている」と明かした。
「脚の有無にかかわらず、人に似た形のロボットという大きなくくりで見れば、より広い価値があるはずだ。われわれはそこを頑張って追求したい」(吉池氏)
ブームのなかで顕在化しつつある安全面の課題に対する思いもある。Humanoids Summit Tokyo 2026の会場の一角でもロボットが動作デモを実施しており、多くの観客で賑わっていた。一方、来場者が行き交う場所での実演も一部あり、記者も人と小型の二足歩行ロボットがぶつかりそうになる場面を目にした。
吉池氏は、こうした展示会の状況について「怖い」と指摘する。人の命を扱う自動車やバイクなどを開発してきたホンダだからこそ、ロボットに対しても高い安全性を求めている。
「われわれの感覚で言うと、倒れたり暴走したりしてケガをさせるリスクは非常に怖い。ASIMOのデモをやっていた時、子どもがいきなり走り出してASIMOに抱き着くこともあった。社会受容性(新技術が社会に受け入れられる度合い)、社会がロボットをどう見ているのか、という点ではまだそこまで成熟していないのではないか」(吉池氏)
人型ロボへの再参入は「ユースケース次第」
ホンダが現在注力しているのが、独自のロボットハンド「多指ハンド」だ。サイズは人の手と同程度で、指は4本、自由度(関節の数)は16ある。吉池氏によると、指先で人の約2倍の力を発揮でき、指を動かす速度もほぼ人並みという。各指先にかかる力を測るセンサーに加え、指の腹やてのひらに触覚センサーも備える。
多指ハンドの特徴は、従来のロボットハンドでは難しかった指先の力強さと繊細さを両立している点にある。例えば、5kgほどある、表面が滑らかな金属製の物体を持ち上げたり、針の穴に糸を通したりできるとアピールする。耐久性も高く、試験ではシステム全体で45万回以上の動作を確認した。
自動車部品のピッキングやバッテリーパックの組み立てなど、ユースケースでの検証も始めている。人の作業を前提としたタスクにも対応できるとしており、まずはホンダ社内の生産工程における多指ハンドの実装を目指す。将来的には製造や物流分野などにも展開も視野に入れる。
同時に、フィジカルAIの活用にも取り組んでいる。視覚と言語情報を統合して処理できるAIモデル「VLM」を多指ハンドの動作の自動獲得に役立てる研究や、視覚と言語情報をもとにロボットの動作まで操るAIモデル「VLA」に関する研究を進めている。
一方、フィジカルAIの開発を巡っては、米国や中国の企業が先行している状況だ。フィジカルAI領域での勝ち筋について、吉池氏はVLAにおける「触覚情報の言語化」が重要と語る。
「画像で見たものは説明しやすい。『これは携帯電話です』『机の端から何cmの場所にあります』といえる。しかし目を閉じて触った感覚を言葉で表現することは非常に難しい」
「VLAでは、VLMとアクションを操るモデルを組み合わせる。VLMの部分は、主に米国のビッグテックが巨額を投資して開発するだろう。一方、ハードウェアと接点を持つアクションに近い領域では、カメラの情報以外、特に触覚系の情報を言語化して扱えていないという課題がある。その構築では、われわれもまだ競争力を持てる」(吉池氏)
なお、人型ロボットを再び開発しないのか聞いたところ「ユースケース次第」との回答だった。
「必要があれば、われわれも研究開発する可能性はある。ただし、市場の方々と話すなかで、どれだけ必然性があるか次第だ。単に人型ロボットが今ブームだから作ることはない。ソリューションとして最適なものを提供していきたい」(吉池氏)
吉池氏によると、現時点での人型ロボットの需要に関しては「人型にはこだわっていない」「別に歩く必要はない」といった声が寄せられているという。ひとまずは、徹底した実用性を打ち出す多指ハンドが、人型ロボットブームに対するホンダの一つの答えのようだ。
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