小林啓倫のエマージング・テクノロジー論考

【徹底入門】AIエージェントで注目の「AX」とは何か 人間だけじゃなく“AI視点の使いやすさ”も重要に?

 特定の業務プロセス全体を、人間ではなく自律的なAIに任せる。そんな「AIエージェント」の導入が、企業の現場で進もうとしている。ここで言うAIエージェントとは、単に聞かれたことに答えるだけのチャットbotではない。目標を与えられると、自ら手順を組み立て、必要なツールを操作して結果を出す「自律的な働き手」を指す。

 そうしたエージェントが普及しようとする中で、注目されつつあるのが「AX」(Agent Experience、エージェント体験)という概念だ。

 現在AXは、大きく2つの意味で使われている。1つは「エージェントが各種の製品やサービスを使う際の体験を改善する」、もう1つは「人間がエージェントを使う際の体験を改善する」という意味である。

 一見すると正反対のように思われる2つの考え方だが、「AIエージェントを安全に自律稼働させるために何ができるかを考える」という点では、両者は同じ方向を目指している。

 本稿では、この2つの側面からAXを捉えた上で、いま企業内で自律的なAIエージェントの導入を進めるにあたって、どのような観点が求められているのかを整理したい。なお、AIによって業務プロセスや組織を変革する「AIトランスフォーメーション」の意味では取り扱わない。

AXとは何か

AIエージェント時代に生まれたAXの2つの側面

 AXという言葉が広まったきっかけの一つとして、Webインフラ企業である米Netlifyのマティアス・ビルマンCEOが2025年1月に公開したブログ記事「Introducing AX: Why Agent Experience Matters」が挙げられている。

 この記事によれば、AXの背景には、デザインの世界で長く使われてきた2つの概念がある。1つは「UX」(User Experience、ユーザー体験)。認知心理学者ドナルド・ノーマンが1993年に広めた言葉で、人がある製品やサービスを使うときの体験の総体を指す。

 もう1つは「DX」(Developer Experience、開発者体験)。こちらは2011年に提唱された言葉で、開発者があるプラットフォーム上で何かを作るときの使い勝手を指す(日本でよく使われる「デジタルトランスフォーメーション」の略称とは別物である点に注意)。

 ビルマンCEOは、この系譜の先に第3の体験があると説いた。すなわち、人間や開発者に続く新しい「使い手」としてAIエージェントが登場した以上、エージェントにとっての体験=AXを設計する必要がある、というわけだ。

 彼の定義におけるAXとは「AIエージェントが、ある製品やプラットフォームの『ユーザー』として得る体験の総体」である。これが1つ目の意味、いわば「エージェント視点でのAX」だ。

派生したもう1つのAX

 ところが、この言葉が広まる過程で、もう1つの意味が派生していった。エージェントを「設計・開発」し「使う」のはあくまで人間なのだから、その人間がエージェントにうまく仕事を任せ、結果を受け取り、信頼し、必要に応じて介入するための体験こそ設計すべきだ、という考え方だ。

 こちらは「人間視点でのAX」であり、専門家の間では「エージェンティックUX」「エージェンティック・エクスペリエンス・デザイン(AXD)」などとも呼ばれる。米Microsoftや米Salesforce、米Amazonといった大手も、この人間側の設計論を相次いで発表している。

 整理すると、AXには「製品をエージェントにとって使いやすくする」と、「人間がエージェントと働きやすくする」という2つの側面があることになる。

 向いている方向は逆だが、根をたどれば両者は同じトレンドから生まれた概念だ。コンピュータが、指示された処理を予測通りにこなすだけの存在から、自ら判断し行動する「主体」へと変わる。

 その変化に対し、製品の側から応えるのが前者、人間の側から応えるのが後者ということになる。両者に共通する問いは、「自律的に動く主体に業務を委ね、それを安全に機能させるにはどうすればよいか」だ。

 なお用語の面では、人間側を指すときに単に「AX」と呼ぶと、本家の原義(エージェント側)と紛らわしくなるため、英語圏では「エージェンティックUX」と呼び分ける書き手も少なくない。こうした言葉の揺れそのものが、AXという分野がまだ形成途上にあることを物語っている。

 定義の整理が終わったところで、「エージェント側AX」と「人間側AX」の2つの側面を順に見ていこう。

「エージェントにとっての体験」を改善

 1つ目の側面の目標は、自社の製品やサービスを「エージェントが使いやすい」形に整えることだ。発想の核心は、AIエージェントを、人間の顧客や開発者と並ぶ新しい「利用者」として明確に設計の対象に据える点にある。

 ビルマンCEOは、このエージェント側のAXを4つの領域に分けている。

(1)アクセス:エージェントが適切な権限を持って製品を操作できるか。

(2)コンテキスト:エージェントが製品を正しく使うために必要な情報を渡せているか。

(3)ツール:APIなど外部のソフトから機能を呼び出す窓口が、エージェントにとって扱いやすい形になっているか。

(4)オーケストレーション:製品の側からエージェントの処理を起動・連携させられるか。

 ここで言う「使いやすさ」は、人間にとってのそれとは少し性質が違う。AIは画面の見た目や雰囲気では判断しない。問われるのはむしろ、機能の説明が曖昧さなく言語化されているか、エラーが起きたときに何が問題なのかを明確に返してくれるか、といった「機械にとっての読みやすさ」だ。

 実際の取り組みはすでに始まっている。データベースサービスの米ConvexやシンガポールSupabase、前出のNetlifyなどは、人間の開発者向けの説明書とは別に、AIエージェントが読み取りやすい形に整え直した専用のドキュメントやコンテキストファイルを公開している。AIエージェントを「利用者」として迎えるとは、そこまで踏み込んで設計を見直すことを意味する。

 これを支える仕組みも整いつつある。代表格が「MCP」(Model Context Protocol)だ。これはAIエージェントと外部のデータやツールをつなぐための共通規格で、いわば機器をつなぐUSB端子のように、さまざまな製品とエージェントを標準的な作法で接続できるようにするものである。

 その普及は急速で、関連ソフトの月間ダウンロード数は2026年初頭時点で約9700万件に達し、公開直後の約200万件から16カ月で爆発的に伸びた。このほか、エージェントに製品の使い方を教える「Agent Skills」や、リポジトリにエージェント向けの説明書きを置く「AGENTS.md」といった作法も広がっている。

 成果も出始めている。Netlifyは「ChatGPT」と連携し、ChatGPT上から直接Webサイトを公開できる仕組みを整えた結果、同社のプラットフォーム上では毎日1000を超えるサイトがChatGPT経由で生成されているという。

閉じるか、それとも開くのか

 ここには戦略的な分岐もある。自社のエージェントだけを自社製品に深く組み込む「閉じた」路線を取るか、それとも外部の多様なエージェントに製品を開放する「開いた」路線か、という選択だ。

 例えば米GoogleやMicrosoftは現状、自社の生成AIを自社のオフィス製品に深く統合する閉じた路線を取っており、利用者が好みの外部エージェントを持ち込む道は限られている。

 一方でビルマンCEOは、いち早く製品を外部に開いた企業は、多様なエージェントが集まる生態系を呼び込み、大きな優位を得られる可能性があるという見解を表明している。

 同氏はAXを、新たな競争優位の源泉と指摘する。かつてWebの黎明期に「自社サイトの有無」が、その後「検索結果に表示されるかどうか」(SEO)という競争力を左右したのと同じという理屈だ。

 また安全性の観点から見れば、1つ目の側面の要は「権限の境界」と「正確な文脈」にある。エージェントが触れてよい範囲を明確に区切り、判断に必要な情報を過不足なく渡すことが、エージェントが誤作動や暴走を起こさずに動くための土台となる。

「エージェントを使う人間の体験」を改善

 2つ目の側面は、エージェントに仕事を任せる人間の側である。人間がどう業務を委任し、進捗を把握し、結果を信頼し、必要なら途中で介入・承認するか。その一連の体験を設計するという意味でのAXだ。

 ここで重要なのが、従来のソフトウェア設計との違いだ。これまでのUXは「決定論的」だった。つまり同じボタンを押せば必ず同じ反応が返る、という予測可能性が前提にあった。

 ところがAIエージェントの挙動は「確率的」である。多くのAIエージェントではLLMが中核を担うため、同じ指示をしても毎回まったく同じ動きをするとは限らず、想定外の行動を取ることもある。だからこそ、人間がエージェントの動きを把握し、軌道修正できる仕組みが新たに必要になる。

 その中心となるのが「透明性レイヤー」(transparency layer)と呼ばれる概念だ。

 これはエージェントが何をしたのか、何を根拠に判断したのか、どこで止められるのか、問題が起きたとき誰が責任を負うのかといった情報を、人間に見えるようにする設計を指す。とりわけ、エージェントが自ら行動を起こす画面(メールを送る、書類を直す、予約を取る、といった操作を代行する画面)は、承認設計の中核となる。

 透明性を実現するための具体的な「パターン」もいくつか登場している。エージェントがこれから何をしようとしているのかの計画を先に提示する、どの外部ツールを使ったのかを開示する、何を記憶しているかを見せる、複数の手順で構成される作業の進捗を追えるようにする、さらには失敗したときに人間へ引き継ぐ経路を用意しておく、といったものだ。

 いずれも、ブラックボックスの中で勝手に処理を進めるのではなく、処理過程を段階的に可視化し、人間が確認できるようにすることで、人間が安心して任せられる状態を作る工夫である。必要なときにだけ判断の根拠を示す「求めに応じた説明」や、AIが自分の答えにどれくらい自信があるかを示す確信度の表示も、同じ目的に資する。

鍵は「制御できるという感覚」

 人間の関与の度合いには濃淡がある。全ての行動を実行前に人間が承認する「ヒューマン・イン・ザ・ループ」(HITL)、エージェントは自律的に動くが人間がいつでも割り込み・取り消しできる「ヒューマン・オン・ザ・ループ」(HOTL)、そして完全な自律に至るまで、いくつかの段階と種類に分けることができる。

 実務では、最初は人間が逐一承認し、実績が積み上がるにつれて任せる範囲を広げていく「段階的委譲」が有効とされる。特に、外部へのメール送信や基幹システムの更新といった取り返しのつかない行為には、人間の関与を残すべき場面が多い。

 信頼の設計で鍵になるのは、「実際に制御していること」よりも「制御できるという感覚」(perceived control)だという指摘もある。人間が常時全てを操作する必要はない。だが「いざとなれば介入できる」という余地があることそのものが、安心感を生む。

 例えばエージェントの行動を時系列で記録したログと、エージェントの行動やその結果をワンクリックで取り消せる「アンドゥ」(取り消し)機能を組み合わせることで、自律型システムに対する大きな信頼感を醸成できるという意見がある。

 ここで注意すべきは、信頼は一足飛びには築かれないという点だ。エージェントが期待通りの結果を出し続けたという実績の積み重ねによって、人間は少しずつ任せる範囲を広げていく。

 逆に、自律型システムが拒まれる大きな理由の一つは、結果の良しあし以前に「制御を失った」という感覚だといわれる。たとえ客観的にはエージェントの判断が正しくても、人間が置き去りにされたと感じれば、その仕組みは使われなくなってしまう。

 だからこそ、成果の精度に加えて、人間が主導権を保てる設計も重要になる。この側面の安全性は、要するに「人間がエージェントの動きを見られる・止められる・取り消せる」状態を保てるかにかかっている。

企業のAIエージェント導入に必要な4つの観点

 2つの側面を押さえた上で、改めて企業の現場に視線を戻したい。AXがこれほど語られるのは、裏を返せば、自律的なエージェントの導入が「言うほど簡単ではない」現実があるからだ。

 調査によれば、エージェントの本格導入に意欲を示す企業は多いものの、本番環境に全面導入済みの組織は17%にとどまるとされる。一方でガートナーは、2026年末までに企業向けアプリケーションの40%がタスク特化型のAIエージェントを搭載すると予測している。この「意欲と実装の落差」をどう埋めるかが、目下の課題となっている。

エンタープライズアプリにおけるAIエージェントの未来

 この落差の背景にあるのは、技術そのものの未熟さよりも信頼と統制の問題だ。自律的に動くがゆえに、何をするか完全には予測しきれないシステムを基幹業務に組み込んで良いのか。多くの企業がこの疑問に直面し足踏みしている。AXが注目されているのは、この問題を解く鍵を、製品の側と人間の側の両面から示そうとしているからに他ならない。

 ここで、AXの2つの側面は、安全な自律稼働を支える「両輪」として統合される。求められる観点は、次の4つに整理することができる。

 第1に、エージェントを「新しい利用者であり、新しい働き手」として扱うことだ。人間の従業員に職務権限とIDを与えるのと同じように、エージェントにも「誰の代理として、何を、どの権限で実行できるか」を定める管理が必要になる。権限を曖昧にしたまま自律的なエージェントを社内システムに接続すれば、意図しないデータへのアクセスや誤った操作のリスクが一気に高まる。

 逆に言えば、エージェントひとつひとつに「誰の代理として、どこまでの権限で動くのか」という身元と権限を明確にひもづけることが、安全な自律稼働を担保する最初の一歩になる。実際、認証・ID管理の領域では、エージェントを人と同等に管理する仕組みづくりが進んでおり、これは「エージェント側のAX」と「人間側のAX」が交わる結節点でもある。

 第2に、自律の度合いを業務のリスクに応じて設計することだ。自律度は高ければ良いというものではない。リスクの低い定型業務は大胆に任せ、影響の大きい業務には人間の承認を必須とする。

 例えば、社内向けにニュースを要約するのはエージェントに任せても構わないが、取引先への見積もり送付には必ず人間の確認を挟む、といった具合である。先述の段階的委譲の発想を、業務ごとにきめ細かく使い分けることが肝要だ。

 第3に、双方向の「読みやすさ」をセットで担保することだ。エージェントには正しい文脈を与え(エージェント側のAX)、人間にはエージェントの行動を透明に見せて、後から検証・監査できるようにする(人間側のAX)。

 情報の流れは、どちらか片方が欠けても破綻する。文脈が不足すればエージェントは誤った前提で動き、透明性が不足すれば人間は中身を確かめられないまま結果だけを受け取ることになる。情報は、機械に向けても人に向けても、過不足なく流れていなければならない。

 第4に、AXを後付けではなく設計の初期段階から組み込むことだ。製品やワークフローをいったん作り上げてから安全装置を継ぎ足すのではなく、最初から「エージェントが使う」「人間が監督する」ことを前提に組み立てる。製品を外部エージェントに開くのか閉じるのかという戦略の判断も、導入前に方針を決めておく必要がある。

見落とされがちな「人と組織の側の備え」

 これら4つの観点と並んで見落とされがちなのは、人と組織の側の備えだ。

 エージェントに仕事を任せるとは、従業員の役割が「自ら手を動かす人」から「エージェントの仕事を監督し、最終判断を下す人」へと移ることを意味する。承認をいつ求め、どこまで任せるかのルールを誰が決めるのか。問題が起きたときの責任の所在をどう定めるのか。技術の導入と同じだけ、業務設計とガバナンスの再構築が問われる。

 AXという概念が、デザイナーやエンジニアだけでなく、管理者や経営層にとっても無視できないのは、最終的に組織の働き方そのものを問い直すからだ。ゆえにAXの取り組みは、初期の段階から、組織内で幅広い層と部門が参加して行われるものでなければならない。

 これからAIエージェントの普及が進む中で、AXへの注目もさらに高まると考えられる。現時点でこの言葉が2つの意味を抱え込んでいることは、決して用語上の混乱ではない。むしろそれは、「エージェントは製品を使いこなせるか」と「人間はエージェントを御せるか」という2つの問いが、両者がそろって初めて解けることを示している。

 自律的なAIを安全に働かせるという課題は、片側だけを磨いても完成しない。両方の問いに答えられた企業こそが、AIエージェントという新しい働き手の力を、存分に引き出せることになるはずだ。

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生成AIやメタバース、新たなサイバー攻撃など、テクノロジーの進化が止まらない。少しずつ生活の中に浸透し、その恩恵を預かれることもある一方、思いもよらない問題を生み出すこともある。このコーナーでは、さまざまな分野の新興技術「エマージング・テクノロジー」について、小林啓倫氏が解説する。

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