なぜ「純国産AIは無理」なのか? さくらとSakana AIが示す「ソブリンAI」の現実解

 米中の技術覇権争いや地政学的リスクの高まりを背景に、「国産LLM」「国産AI」をうたう製品のリリースが相次いでいる。しかし、何をもって「国産」と呼ぶのかは実はあいまいだ。学習データか、モデル構造か、それとも運用環境か──。

 「LLMはどこまで『国産』であるべきか?」と題した本特集では、日本企業が安全性と利便性を確保したAI活用を実現するにはどのレイヤーを国産にすべきなのか、そもそも国産にはどのようなメリットがあるのかを、代表的な国内ベンダーへの取材などを通して考察する。

 最終回となる本稿のテーマは、LLMを動かすためのインフラと周辺技術だ。米Anthropicの「Claude Fable 5」(以下、Fable 5)などの提供が、米政府の指示で一時停止されるなど、「同盟国だから大丈夫」という前提が揺らぐ中、AIを支えるインフラや周辺技術の「主権」(ソブリン)をどう確保するかは日本企業にとって現実の課題になっている。

 国内で計算基盤を展開するさくらインターネットの田中邦裕社長と、AIと安全保障の関係に詳しいSakana AIの石井順也氏(国際政治アナリスト)に、それぞれの考えを聞いた。

「起こるわけがない」が全部起こった なぜソブリンAIが必要なのか

 「『そんなこと起こるわけない』と言われていたことが、全部起こっている」――なぜ今、AIの主権を問わなければならないのか。田中氏の答えは明快だった。

さくらインターネットの田中邦裕社長(撮影:筆者)

 同氏はAIインフラを巡る主権を「データ主権」「運用主権」「技術主権」の3つに分けて整理する。データ主権は、データが国内に置かれ、国内に閉じて管理されること。運用主権は、インフラのオペレーションや、サーバをどこにどれだけ置くかといった意思決定権を握っていること。技術主権は、モデルやソフトウェアといった技術そのものを自ら作れることを指す。

 この3つのそれぞれで、「まさか」は既に現実になったと田中氏は指摘する。「データ主権に関しては(海外のサーバから)データを抜かれたという問題があり、運用主権に関しては(海外事業者が)日本にサーバーを投資してくれない(=サーバを設置してくれない)という問題があり、技術主権に関してはソフトウェアの輸出禁止といった問題が起きている」(田中氏)

 技術主権のリスクを象徴するのが、Fable 5提供の一時停止だ。「以前は『同盟国だから大丈夫』という文脈で語られていた。しかし昨今の米国輸出規制を見ると、同盟国であってもソフトウェアやサーバが使えなくなり得ることが露呈した」(田中氏)。生成AIブーム以前にも、米VMwareの急激な値上げやライセンス条項の変更によって、同製品をベースにシステムを構築していた国内企業が対応を迫られた前例がある。

6月、Anthropicは米国政府の命令に基づき、Fable 5とMythos 5の提供を一時停止した(出典:プレスリリース)

 厄介なのは、これらのリスクが平時には見えないことだ。「基本的に、平時は何の問題も起こらない。ただ、いざという時に動かせなくなる」と田中氏。同氏はこの構図を、平時は安価に身を任せて輸入し、有事に供給が揺らいだ「ナフサ(石油化学原料)問題」に重ねる。ITシステムも同じだというわけだ。

100%の国産は「不可能で、合理的でもない」

 では、リスクを避けるために全てを国産で固めるべきなのか。田中氏と石井氏の答えはそろって「ノー」だ。

 Sakana AIの石井氏は、AIサービスを構成する技術領域を4つのレイヤーに整理する。電力や半導体といったインフラの素材となる層、オンプレミスやクラウドといったデータ管理層、基盤モデル層、そしてアプリケーション層だ。Sakana AIが開発を担うのは、後半2つの基盤モデルとアプリケーションだという。

 「(1国や1企業が)この4つのレイヤーを100%賄うことは不可能で、合理的でもない。それは日本に限った話ではなく、どの国でも難しい。だからレイヤーごとに海外への依存度を減らし、海外製品を使うにしても多元化してリスクを減らす。日本や韓国、インド、オーストラリア、カナダのような“ミドルパワー”の上位国は、どこも同じ考え方をしている」(石井氏)

Sakana AIの石井順也氏(撮影:筆者)

 国内で計算基盤を提供し、「国産クラウド」としてガバメントクラウドにも採択されたさくらインターネットの田中氏も、半導体のレイヤーでは依存を受け入れる。「NVIDIAのGPUを使わないという手はほとんどない。ただ、これは日本が抱える問題というより世界が抱える問題。米国企業ですらNVIDIAから買えるかどうかに全てがかかっており、日本固有の問題ではない」(田中氏)

 その上で同氏が持ち出すのが「原油とナフサ」の例えだ。ある大手SIerの社長と「クラウドは“原油”なのか、“ナフサ”なのか」と議論になったことがあるという。相手の立場は「クラウドは“原油”。輸入せざるを得ないもの」。一方の田中氏は「クラウドは“ナフサ”。GPUやCPUという“原油”さえ買えれば、自分たちで作れるもの」と考える。「NVIDIAのGPUは買わざるを得ないが、そこから上(のレイヤーの製品)は全部作れる国であった方がいい」(田中氏)

 つまり2社に共通するのは、「どのレイヤーで海外に依存し、どのレイヤーで主権を握るか」を意識的に選ぶという方向性だ。では、それぞれのレイヤーの「現実解」はどのようなものか。

さくらが示す現実解 「学習されるかどうか」を軸に考える

 AIサービスの導入において「データが国内に保存されるか」(データレジデンシー)をチェック項目に挙げる企業は多いだろう。しかし田中氏は、それだけでは足りないと指摘する。

 「一番重要なのは(入力データがモデルの)学習(に利用)されるかどうか。データが日本にあったとしても、学習に使われてしまったら意味がない。自社の中にデータを完全に閉じられるかどうかがポイントだ」(田中氏)

 この観点に立つと、モデルの「国籍」と「データ主権」は切り分けて考えられる。例えば中国発のオープンモデル「Kimi」や「Qwen」は高性能と評価される一方、利用にはリスクがあると感じる企業も多い。だが「そのモデルを国内のサーバーで使う分には、データは国外に出ない」(田中氏)。サーバーが物理的に隔離され、自社専用になっているかどうかは、特に製造業の顧客が強くこだわる点だという。

中国Moonshot AIが7月に発表した「Kimi K3」はオープンウェイトながら「GPT-5.6 Sol」やFable 5に一部匹敵する性能を持つとされる(出典:Hugging Face)

 世界的なGPU不足の下では「どれだけ使えるか」もAIサービスの選定基準になる。「計算資源が必要な時に、提供事業者が見つからない状況が世界に広がっている。だからこそ、自社で一定の利用権を占有することが重要になっている」と田中氏は指摘。事業者によっては電力制約などから性能に上限を設けている場合があり、GPUの性能だけでなく実効性能の確認も欠かせないという。

 コスト面でも、国内に選択肢が生まれつつある。大量にトークンを消費するAIエージェントの普及により、サブスクリプションだけでなく従量課金でAIサービスを利用するユーザーが増えたことで、トークンコスト抑制への意識が高まっている。そんな中で田中氏が勧めるのは、総合性能ではフロンティアモデルに及ばずとも、特定の領域で高性能かつ小規模なモデルを、国内の推論基盤で動かす組み合わせだ。「自分たち(の業務)に合った適切なモデルを選ぶことで、コストパフォーマンスが極めて良くなり、(フロンティアモデルよりも)たくさん使えるようになる」(田中氏)

 もっとも、同氏は海外技術の排除を唱えているわけではない。さくらインターネットは米Microsoftと提携し、「Microsoft Azure」のコンソールからさくらインターネットのインフラやサービスを利用できるようにする取り組みを進めている。「海外の優れた技術はどんどん日本で使うべきだ。ただ、使うだけになって日本で作れなくなるのは良くない。数年後には(海外と同等のサービスを)日本でも提供できるようにする体制が必要だ」(田中氏)

さくらインターネットはMicrosoftとも提携(出典:プレスリリース)

Sakana AIが示す現実解 オープンモデルを事後学習で「日本仕様」に

 モデルレイヤーで独自の道を行くのがSakana AIだ。同社が選んだのは、モデルアーキテクチャやウェイトを自前で構築するフルスクラッチ開発(第1回、第2回を参照)ではなく、海外の優れたオープンモデルをベースに、独自の事後学習(学習済みモデルに追加の学習を施し、振る舞いを調整する工程)技術で、日本独自の要件を満たすことを目指すアプローチだ。

 「米中の既存モデルは圧倒的な資源を投入して開発されており、(国内モデルと比較して性能が)大きく先行している。同じやり方で追い掛けてもそのレベルには到達できない」と石井氏は指摘する。

 一方で、海外モデルをそのまま使うことにはAI主権上の懸念が残る。「分かりやすいのは中国のモデルが(特定の政治思想に沿うように)出力をコントロールしている問題だが、米国でも、トランプ政権が既存モデルは『リベラルすぎる』と批判している。米国のモデルでも、出力に特定の価値観やバイアスが反映される可能性は十分あり得る」(石井氏)

 そこで同社は、そういった価値観の偏りを事後学習で取り除く技術を開発し、各フロンティアモデルを日本仕様に適応させた「Namazu」をリリースした。「(海外の)オープンモデルを使っていても、事後学習技術によって出力をコントロールできるのであれば、自国の利益や価値観を損なわない」(石井氏)

Sakana AIは5月、Namazuを搭載した対話型AI「Sakana Chat」をリリース(出典:公式ブログ)

 石井氏によれば、目指すのは「極端に日本(の価値観)に寄せる」ことではないという。同社がNamazuを開発した際には、歴史や領土など国益に関わる論点で「一方的に自分たちの主張だけを言うのではなく、日本のメディアが伝えるような、中立的かつ日本の立場もしっかり分かるようにする」ことを目指した。一方的な回答は、海外からの信頼性を損なうためだ。

 このアプローチの強みは、技術がモデルを選ばない点にある。「事後学習の技術はいろいろなモデルに適用できる。1つのモデルが使えなくなっても、世界中の優れたオープンモデルをAI主権を担保できる形で利用できるようにしておけば、リスクは十分下げられる」(石井氏)。Fable 5停止が示した「ある日突然使えなくなる」事態への、モデルレイヤーにおける保険といえる。

Namazuは事後学習により中立性や事実正確性を向上させたとうたう(出典:公式ブログ)

 このアプローチを最も強く求めるのは「国」だと石井氏はみる。同社は金融と防衛分野における技術支援を手掛け、防衛分野では防衛装備庁の研究機関と複数年の大規模な基盤技術開発の契約を結んで、2年間の実証実験を進めている。中心となるのは、ドローンに搭載し、通信が脆弱(ぜいじゃく)な環境でもエッジで自律動作する軽量なAIと、ドローンが収集した情報を指揮統制に生かすAIの開発だ。「国は今、AI主権の確立を求めており、(Sakana AIの事後学習技術は)そのニーズに応えられる」(石井氏)

主権の本質は「国籍」ではなく「コントロール」

 インフラとモデル、フィールドの異なる2社の話は同じ場所に着地した。ソブリンAIの要諦は「全てのレイヤーを国産で固めることではなく、データ・運用・モデルへのコントロールを確保し、特定の依存先を失っても事業を続けられる選択肢を持っておくこと」ということになる。

 もちろん、“純国産”を目指すアプローチが不要になるわけではない。石井氏自身、「(全て国内でやる)純粋なアプローチをやる人がいてもいい」と話しており、第2回で取り上げたPFNのようなフルスクラッチ開発は、日本が持つべき選択肢の柱の一つだ。Sakana AIが「GENIAC」プロジェクトでさくらインターネットのGPUクラウド「高火力」を利用するなど、国内の事業者がレイヤーをまたいで組み合わさる動きも始まっている。

 AIの利用にリスクを感じている日本企業がまず考えるべきは、自社のAI基盤を支えるインフラ、モデル、運用、データなどの各レイヤーにおいて「その主権を今、誰が握っているのか」を棚卸しすることだろう。データは学習されないか。インフラの運用は誰が担っているのか。今使っているモデルが明日止まったら、代わりはあるのか――。“純国産”というラベルに頼らず、これらの問いに答えられる状態を作ることが重要だ。

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LLMはどこまで「国産」であるべきか?

米中の技術覇権争いや地政学的リスクの高まりを背景に、「国産LLM」「国産AI」をうたう製品のリリースが相次いでいる。しかし、何をもって「国産」と呼ぶのかは実はあいまいだ。学習データか、モデル構造か、それとも運用環境か──。本特集では、日本企業が安全性と利便性を確保したAI活用を実現するにはどのレイヤーを国産にすべきなのか、そもそも国産にはどのようなメリットがあるのかを、代表的な国内ベンダーへの取材などを通して考察する。

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この記事の著者

村田知己
村田知己

ITmedia AI+ 編集記者。市場調査会社でのエンジニア職を経て、2022年アイティメディア入社。キーマンズネット編集部、社内のデータ分析基盤構築担当、ITmedia エンタープライズ編集部を経て現職。

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