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著作権の未来はどこにある?(1/2 ページ)

» 2004年02月10日 11時44分 公開
[小寺信良,ITmedia]

 先週のニュースで筆者がもっとも考えされられたのは、ジャネットの乳にはまっていたのはありゃあ痛そうだねぇという話……いやちがーう。「スピーカーから録音も取り締まる音楽コピー防止技術」の記事である。

 これは再生音の中に特殊な音を入れることによって、人間の聴覚では聴き取ることができないが録音機材やサンプリングにエラーを起こさせる技術であるという。これらの信号はオリジナル波形の中に埋め込まれ、通常に聴く分には何も問題を与えないという。実際のところは本物を聴いてみないと何とも言えないが、ついにここまで来たか、という感じである。

そこまでする必要があるか?

 Darknoise Technologies社が開発したこの技術は、発想としては、かつてアナログビデオの時代に使われた旧タイプのMacrovisionの動作をほうふつとさせる。

 旧Macrovisionは、通常はブラウン管上に表示されない垂直同期信号中に、変動するビデオ信号を入れて、録画機の持つAGC(Auto Gain Control)機能を誤動作させるというものだ。これによって、録画された映像は暗くなったり明るくなったりひん曲がったりして、ちゃんとした映像にならなくなる。テレビで見るときには問題ないとされていたが、実際には画面上部に引きつったようなスキュー歪みが表示されるなど、問題も多かった。

 Darknoiseのプロテクション技術に含まれる信号の一つ、Q-Spoiler Packetsは、録音機材のオートレベルコントロールを誤動作させるという。ということは人間の耳には聞こえないが、なんらかの音圧を音楽中に加えるということだろう。耳には聞こえなくてマイクロホンには入るというようなノイズというのは、にわかには信じがたい技術である。もし何も知らずにそんな経験をしたら、怪談話である。

 だがちょっと心配なのは、耳には聞こえないかもしれないが、確実に音楽以外の音圧がスピーカーにかかっているわけであるから、スピーカーが傷むんじゃないか、という点だ。なぜなら、スピーカーとマイクというのは電気の流れがちょうど逆になっただけで、構造原理は同じだからである。

 もちろんこの技術を採用するかどうかは、コンテンツホルダーの判断にかかっているし、まだ何も決まったわけではない。筆者はおそらく、この技術は一部の“超特殊な用途”以外では流行らないだろうと見ている。

 というのも、世の中の動きは完全に、コピー全面禁止を意味する「コピープロテクション」ではなく、コピー回数を制限する「コピーコントロール」の方向に動いているからだ。

 ではその、超特殊な用途とは何か?

 例えば、筆者が思いついた用途の一つに、アーティストのコンサートにこのエンコードを使うというのがある。つまり、ブートレグ版対策である。世の中に今どれぐらいのブートレグが出回っているのかサダカではないが、多少なりとも事情を知っている人であれば、西新宿界隈に行けば、恐るべき量が流通していることをご存じだろう。

 こういったものは、大抵コンサートにこっそりレコーダーを持ち込み、録音したものがソースになる。これを防止できるとしたら、かなり画期的な技術であろう。

世界から置いて行かれる日本

 映像にしろ音楽にしろ、コピーコントロール制限の緩いメディアやサービスのほうが、ユーザーの支持率が高いことは言うまでもない。この点でもっとも寛容なのは、AppleのiTunes MusicStoreであろう。LAN内のMacへの転送やCDに焼くこと、すなわちデジタル化による利便性の享受に関して、小難しい制限はない。

 誰でも足に鉄球がはめられた気になるのはイヤなものだ。日本でもこのサービスの展開が期待されているが、同じ制限になるとは限らないだろう。というのも米国と日本では、著作権法に対するアプローチが違うからである。

 法の解釈に関して、シロウトである筆者があれこれ言う資格はないが、少なくとも日米のスタンスの差は理解しておくべきかもしれない。日本の著作権法において、私的複製がどのようなスタンスで考えられているのか、わかりやすく説明してあるサイトを見つけたので、紹介しておこう。ソニーミュージックエンタテインメントが運営する、レーベルゲートCD2に関するFAQの、Q26である。

 これによると、私的複製は、現行の著作権法下においては、法律で認められた「権利」ではないことが分かる。平たく言うならば、今から30年以上前に作られた法律により、複製権を持つ権利者から特別のお目こぼしをもって、これまで個人的複製が認められてきたわけである(*1)。


*1 (編集部注)日本の現行著作権法では、著作物の複製権侵害の例外として、私的複製を認めている(30条)。ただし、この例外は「私的な複製行為は零細かつ限定的なものであって、著作権者の権利=利益に重大な影響を与えるものではない」という考え方に基づいていたとされる。1970年の法施行当時、想定されていた録音用の複製機器はオープンリールテープなどで、当時の技術では、家庭で行われるこうした私的複製の被害実態を明らかにする手段がないという現実もあった。

 しかしその後の技術進化によって、私的複製が広範かつ高品位で行われ、著作権者にとって無視できない影響を及ぼすようになってきた。次ページでも触れているように、デジタル方式の録音・録画機器等を用いて著作物を複製する場合には、著作権者に対する補償金の支払いが必要になる(第30条2項)など、日本の著作権法では改正の都度、30条で認められる「私的複製の例外」はより制約される方向にある。

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