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デル参入は、プリンタ市場の転機を暗示するのか?(2/2 ページ)

» 2004年06月11日 19時21分 公開
[本田雅一,ITmedia]
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オンラインサプライ

 さて、印刷しようと思ったら、インクカートリッジの残りが少なくてすべての印刷をこなせなかった、なんてことは、インクジェットプリンタユーザーなら誰でも経験があるのではないだろうか。プリンタの利用頻度が低い個人ユーザーほど、そういう場面に出くわしやすい。さらに言えば、そうしたユーザーの多くは、自分がどのインクカートリッジを購入すべきか分かっていないことも多い。

 インクジェットプリンタベンダーと話し合う中で、何度かこのことについて話題にしたことがあった。例えば次のような提案を数年前、エプソンやキヤノンに話したことがある。

 現代のプリンタドライバはインク残量管理を例外なく行っている。ならば、残り少なくなった時点で警告を出すだけでなく、オンラインでインクを購入するためのボタンを付けることももちろん可能だ。うまくやれば、インクの流通コストを抑え、ランニングコストを下げることもできるはずだ。

 特に現行販売機種での採用がなくなってから数年も経過した古いカートリッジを流通させるのは、プリンタベンダーにとっても馬鹿にできない負担のハズだ。量販店のカートリッジ回収ボックスを覗いてみると分かるが、ユーザーが使っているカートリッジの種類は実に多種多様。今後もこうしたインクカートリッジを流通させ続けるコストは計り知れない。

 しかし、消耗品販売は、プリンタベンダーのパートナーにとっても大きなビジネスになっている。結局のところ「流通パートナーのビジネス機会を奪うような仕組みは導入できない」というのが、各社の出す結論である。

 しかし流通パートナーを持たないデルモデルならば、(現時点で実現はされていないが)ユーザーがカートリッジ不足になる前にオンライン購入へと導く機能を導入できない理由はない。もちろん、今後、機種の増加や機能・性能の強化でカートリッジの種類が増えたとしても、そのすべてを流通に乗せる必要はない。

日本市場に合わせてインクコストを下げたデル

 デルがプリンタ事業に参入というニュースを聞いたとき、それが日本でも展開されるとは僕は予想していなかった。米国はプリンタの価格をギリギリまで引き下げ、本体を普及させてから高価なカートリッジを売るビジネス手法が、個人・SOHO向け市場ですっかり定着している。

 しかし、日本市場では写真画質や速度などの性能を求め、プリンタ価格の下落が緩やかな傾向にある。またランニングコストに目が向けられる傾向も強い。このため、日本のインクジェットプリンタは、ランニングコストが安く設定されている。日米では4色プリントで1.5〜2倍程度、多色インクによる写真印刷では3〜4倍の格差がある場合もある。

 日本でもインクカートリッジを買い換えるより、新しいプリンタを購入した方が安上がりという、笑えないほど特殊な製品も存在するが、市場においてはあまり目立たない存在だ。よく言われる“水性インクで儲ける水商売的なビジネス”という傾向は、実は日本ではそれほど強くないのである。

 テストを行っていない現時点で、1枚あたりのインクコストの比較データは持っていないが、デルブランドプリンタの供給元になっているレックスマークのインクカートリッジは、モノクロが1個3700円、カラーが4500円(レックスマークからのWeb通販価格)。これに対して、デルの直販サイトから購入できるカートリッジは、モノクロ2232円、カラー2682円。カートリッジに完全な互換性があるかどうかは分からないが、同タイプと見られるカートリッジの単価でさえ、これだけ差がある。

 レックスマーク製インクジェットプリンタのランニングコストは、業界でもかなり高い部類に属しているため、キヤノンやエプソンの国内勢と比べてデルのカートリッジが安いかどうかは分からない。だが、米DELLのWebサイトに掲示されているカートリッジ単価は、それぞれ25ドルと30ドルで日本よりも割高だ。本体価格は日米ほぼ同等なので、インクカートリッジの価格差は、純粋に日米デルの戦略の違いだと考えられる。

 デル関係者は「本体価格、インクコスト、性能、機能をトータルで捉えて、十分にビジネスとして立ち上げられると考えて参入した。日本市場の特異性ももちろんリサーチ済み」と話す。

デル参入が転機だと考える理由

 とはいえ、急にデルが日本のインクジェットプリンタ市場で躍進するとは思わない。インクジェットプリンタは、まだ完全にコモディティになっていないからだ。もちろん、毎年のように繰り返されてきた画質競争で、マニア以外の大半のユーザーは、ローエンドプリンタでも十分な写真画質があると思えるほど、インクジェットプリンタの性能は上がったと言えるかも知れない。

 しかし、ローエンドのモノクロレーザープリンタはともかく、インクジェットプリンタとその複合機に関しては、まだPCのように「どのメーカーでも同じ。スペックの比較だけで十分」といった製品にはなり切っていない。ユーザーは、どの製品が良いのか、しっかりと評判を聞き、コストと機能の妥協点を探しながら購入している。

 だがその一方で、レックスマークの低価格複合機が“それなり”に売れたという事実もある。一部カメラ量販店に食い込み、低価格とスペックを武器に一定の成績を収めた。また、インクジェットプリンタは近年、高画質・高価格製品から低価格製品へとユーザーがシフトしている。

 デルは近い将来、インクジェットプリンタ(の複合機)も、「価格とスペック」で売れる時代が来ると読んでいるのだろう。プリンタ技術を持たないデルが、市場に本格参入する場合、(エプソンやキヤノンなどの)他社との差別化を行える独自技術を持った企業との技術競争を望むとは考えられないからだ。

 筆者は、デルが近い将来、エプソンやキヤノンを脅かす存在になると言おうとしているのではない。だが、「デルが参入する」ということは、その業界でコモディティ化が急速に進むサインだと考えている。市場環境が大きく変われば、それまでの常識は通用しなくなるものだ。

 複合機を含むインクジェットプリンタは、デルの参入を転機に、今後数年に渡って大きな変化があるだろう。あるいはそれは、各社が独自の技術を駆使する高画質競争の終焉の引き金になるのかもしれない。

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