デザインとシステムの垣根を超えたい――Yasuhisaさん田口元の「ひとりで作るネットサービス」探訪

Webデザインとプログラミングの両方をこなすYasuhisaさん。「国際的な仕事をしたい」と米国に留学したが、そこで出会ったインターネットが人生を変えた。ロディアのメモからWebデザインを立ち上げる一方、PHPでプログラムも作成する。

» 2007年05月07日 11時17分 公開
[田口元,ITmedia]

 「ひとりでつくるネットサービス」第9回目はWebデザイナーでありながら、サーバ設置型のRSSリーダーやポッドキャスティングのCMSを作るなど、プログラミングもこなすYasuhisaさんに話を聞いた。

 「自分はプログラマーだ、自分はデザイナーだ、と思いこまずに、積極的にいろいろなモノを作ってほしい」。Yasuhisaさんはそう語る。畑違いだからといって「デザインをしない」「プログラミングをしない」では良いモノは作れないと信じている。デザインとプログラミングの両方をこなすYasuhisaさんが、そう思うようになった経緯はどんなものだろうか。

「国際的な仕事をしたい」と米国留学、ネットに出会う

 「ずっと昔から国際的な仕事をしたい、と思っていました」。Yasuhisaさんは高校2年になった93年、単身米国に渡った。イリノイ州でホームステイをしながら英語を学び、国境を越えた活動をする日を夢見ていた。高校を卒業した後、イリノイ州にある大学の国際関係学科に入学した。

 その大学では、思いのほかインターネット環境が整っていた。「入学時にメールアドレスは配布されるし、寮にはT1(当時としては高速な1.5Mbpsの専用回線)の回線が引かれていました。そのころにしては進んでいた方だと思います」

 PCを揃え、ネットサーフィンを続けるうちにふと思った。「ネットはすごい。どうやったらこのネットを使って自分の絵を全世界に公開できるだろうか?」

 小さいころから絵が好きで、それまでに何度も賞を取っていた。しかし「これを仕事にするのは難しいだろうな」とは感じていた。ただ、国際的な仕事に就くことを目指しつつも、絵への興味は失っていなかった。「ネットを使えば自分の絵が公開できるかもしれない……」その思いは次第に大きくなり、気づいたらWebの技術を調べつくしていた。

 ネットで画像処理ソフトをダウンロードし、HTMLを学び、自分のWebサイトを作ってみた。そこで自分の作品を公開し、世界各地の人から反響を得る喜びを知った。次第に興味は国際関係からWebへと移っていった。大学の専攻も「ビジュアルコミュニケーション」に変更し、そこでデザインの基本を学んだ。

 大学卒業後は、知人に進められるままイリノイ州にあるWeb製作の会社に就職した。そこでの先輩社員の1人は何でもできる人だった。「デザインからプログラミング、Flashからディレクション業務まで全部できました。プロっていうのはこういう人なんだな、と思いました」。Yasuhisaさんは自分もこの人のようにならなくては、と決意し、プログラミングを勉強し始める。言語は手軽に始められるPHPを選ぶことにした。

ネットを通じて日本からの仕事も引き受ける

 2002年ごろ、ネットではブログが話題になり始めていた。当時は米国に住んでいたが、日本の情報もネットを通じてよく見ていた。そこで日本語でブログを立ち上げよう、と思い立った。しかし「MovableType」のような既存のツールは使いたくない。覚えたてのWebサービス向け開発言語「PHP」を使ってみたかった。自分でCMSを組み、独自のブログシステムを作り上げた。

 Yasuhisaさんは独自のシステムで立ち上げたブログ「COULD」を通じて、米国から日本語で情報発信をしていた。すると、ぽつぽつとではあるが、日本からも仕事の依頼が来るようになった。そして2003年に転機が訪れる。名古屋でのあるプロジェクトに参加しないか、という打診があったのだ。地域密着型のコミュニティサイトの構築である。予算規模も大きく、自由に仕事ができそうだった。ビザの更新時期と重なっていたこともあり、帰国を決意した。

共著「スタイルシート スタイルブック」

 名古屋のプロジェクトは順調に進んだ。イリノイ州にいたころから飼っている猫、ミコちゃんとの暮らしも落ち着いてきた。そうしたある日「cat@log」というブログを書いている有坂陽子さんから1通のメールが来た。「スタイルシートについて一緒に本を書いてみませんか?」

 有坂さんとは面識がなかったが、お互いに相手のブログはよく読んでいた。YasuhisaさんがWeb関連技術に詳しいと見込んでの依頼だった。Yasuhisaさんも当時スタイルシートを活用しつつも、うまくそれを解説した本がないな、と感じていた。二つ返事で引き受け、2004年に翔泳社から「スタイルシート スタイルブック」を出版した。

 この本の反響は大きかった。Webサイト製作や講演の依頼が続いた。ブログを通じての知り合いも増えていった。そして2005年、名古屋でのプロジェクトが一段落ついたこともあり、活動の場を東京に移すことにした。

自分の情報発信に役立つツールを次々と作る

 東京に移ってからも、ブログや知人の紹介を通じて仕事は順調に入ってきた。サイトの企画やデザイン、コーディングが主な仕事である。そして仕事の合間を見つけてはツールを作った。

 Yasuhisaさんが作った「fBLOG Reader」はPHPとFlashを使ったサーバインストール型のRSSリーダーだ。自分のWebサイト上に貼り付けて、好きなブログの記事を表示させることができる。プログラムは単純だが、デザイナーらしくFlashを使ったシンプルで使いやすいインタフェースを実現している。

 すでに2年以上続けているポッドキャスティング「Inflame Casting」のCMSも自作した。管理画面は一般公開していないが、Yasuhisaさんのサイトでプレイヤー部分だけは使えるようになっており、彼のポッドキャスティングをWeb上で聴きたい人に利用されている。Inframe CastingのシステムはPHPのテンプレートエンジン「smarty」とFlashで作った。ポッドキャスティングの途中に目印をつけて、固定リンクを設定できる点が特徴だ。

 各種のWebサービスを積極的に使っているYasuhisaさんは「自分が発信している情報を、プロフィール代わりに一カ所でまとめて見せることができたらいい」と考えていた。ソーシャルブックマークに投稿した記事やコメント、アップロードした写真、自分が今何をしているかのつぶやき。そうしたものをまとめて見ることができるツールも作った。「Lifestream」というこのプログラムはPHPとJavascriptで書かれている。

Lifestreamはカラフルな帯がどんどん流れていくデザインだ

 ほかにも自分が各種ソーシャルブックマークやブログでどう語られているか“自分自身”を検索する、いわゆる「エゴサーチ」をまとめて見ることができる「egoport」も作った。このアプリケーションでは画面サイズに応じて自動的にスタイルシートが切り替わるという工夫を組み入れた。

デザイナーだけどツールも作りたい――そこで、開発合宿

 デザイナーでありながら、ツールやアプリも作りたい。そう考えるYasuhisaさんは開発合宿にも積極的に参加している。「もっとデザイナーとプログラマーがコミュニケーションできる場所が増えるといい」と彼は言う。よいサービスは異質なものが生まれてくる、違う言葉を使う人たちが会話することから何かが始まる、と考えているのだ。「そうした意味では開発合宿は最適な場所です」

 開発合宿の良い点は2つある、と彼は言う。1つは仕事ではないので、損得勘定なく、自由にコミュニケーションできる点。そしてもう1つは限られた時間の中でも何かを出さなくてはいけない、というプレッシャーである。開発合宿では1日の終わりに発表会がある。1人ずつ、その日の成果を発表しなくてはいけない。「下手でもいいから何かを発表しなくてはいけない、と追い詰められることによって何かが生まれてくると思います」

ロディア、携帯、iPodが"三種の神器"

 メインで使っているマシンはPower MacのG5というYasuhisaさん。ほとんどの作業は自宅で行うが、出かけるときには3つの道具を欠かさない。

 まず見せてくれたのがロディアのメモ帳。アイディアが浮かんだらここにメモをする。デザインのアイディアから、ちょっとした走り書きまでここに書き込むことにしている。「ロディアがいいのは横罫線だけではなくて、方眼のパターンも用意している点です。四角が書きやすいのでWebサイトのイメージをスケッチするときに便利です」

 次にバッグから取り出したのはケータイ。最近買い換えたという「P703iμ」である。ケータイでは「Googleカレンダー」、ToDo管理の「Remember The Milk」のほか、「Twitter」「Gmail」などを見るという。Twitterは携帯から更新できるように「モバTwitter」を使っている。

 そして最後に「これは欠かせないですね」と見せてくれたのがiPod。外出先で聴くのは音楽ではなく、ポッドキャスティングが多いという。海外のデザイン、マーケティング、テクノロジーに関するポッドキャスティングを聴いている。

ロディアの方眼上にWebサイトのイメージをスケッチする。ロディアのサイズはA5サイズのNo.16だ
いつも持ち歩いている携帯、ロディア、そしてiPod

米国でのカンファレンスで大きなトレンドを追いかける

 米国から名古屋、そして東京に活動の場を移したYasuhisaさん。ただ、1年に1度は米国に戻るようにしているという。「SXSW」というカンファレンスにずっと憧れていました。昔はまだ学生でお金がなくて行けなかったのですが、今なら多少余裕があるので行くことができます。なるべく参加して、Web業界のトレンドを感じてきたいと思っています」。そう語るYasuhisaさん。このカンファレンスではWeb業界でも著名な人々が講演を行う。特定のテクノロジーに特化した講演というよりも、ネットを使って生活がどう変わるか、世界はどうなっていくか、という大きなトレンドを追っている。

 「今のネットは技術に詳しい人にはいいでしょう。でももっと普通の人が使ってくれるにはもう一工夫、必要だと思っています」。その一工夫はどうあるべきか、米国のカンファレンスや、日々の生活でそのヒントを見つけたいと常に思っている。デザイナーだから、プログラマーだから、とこだわらずに柔らかな発想をするYasuhisaさん。彼のこれからの作品を楽しみにしていきたい。

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