1つの「仕事」に生涯をかけるのは幸せ? 不幸せ?Biz.ID Weekly Top10

 先週のトップは、桂小春団治師匠のコミュニケーション術だ。師匠と対照的に、孤独でコミュニケーション下手だった1人のアーティストがいる。名はヘンリー・ダーガー。彼と師匠には、長期間、1つの「仕事」にじっくり取り組んでいるという共通点がある。

» 2008年05月07日 23時14分 公開
[豊島美幸,ITmedia]

 先週トップの桂小春団治師匠のコミュニケーション術の取材で、思わず思い出した1人のアーティストがいる。彼は師匠と対照的に、孤独でコミュニケーション下手だった。名はヘンリー・ダーガーという。しかし2人には共通点がある。長期間、1つの「仕事」にじっくり取り組んでいるという点だ。

生涯かけて作った「非現実の王国で」、本人の死後に脚光を浴びる

 師匠は落語一筋30年。その2倍の60余年にわたり、師匠と同じく1つの「仕事」に人生をささげたのがヘンリー・ダーガーという米国の雑役夫だ。1892年から1973年まで生きた彼は、1907年に父親が他界すると天涯孤独の身の上になり、教会などの雑役夫として貧しい生涯を送ったという。

 名は「HENRY DARGER」とつづる。「DARGER」をダーガーと読むのかダージャーと読むのか、証言者によりバラバラでいまだに分かっていない。しかも周囲の人々ともほとんど会話を交わさなかったらしく、ダーガーのことを知る手立ては今現在ほとんど残されていない。

3月下旬から上映されている「非現実の王国で ヘンリー・ダーガーの謎」のパンフレットとフライヤー

 残っているのは自身の写真3枚と天候日記、それに60余年かけて取りかかった小説『非現実の王国で』だけ。だが彼の死後、この『非現実の王国で』で得た評価こそが“アーティスト”、ヘンリー・ダーガーの名を世に広めるきっかけとなった。

 『非現実の王国で』は1万5000ページにおよぶ物語の原稿と、その挿絵数百枚という膨大な量から成る。理不尽な大人に虐待を受けた子どもたちを救うべく、ヴィヴィアンガールズという無垢な女戦士7人が、大人たちと壮絶な戦いを繰り広げる戦いの物語である。

 謎に満ちたダーガーの生涯は2004年、米国で「非現実の王国で ヘンリー・ダーガーの謎」というドキュメンタリー映画になっている。日本では5月7日現在、全国の映画館で上映中だ。

貧困と孤独、はたから見れば不幸な人生。でも生涯の「仕事」があれば――。

 映画によるとダーガーは、新聞の切り抜きを何度もトレースして挿絵の練習をし、本番の描写に臨んだようだ。また切り抜き写真を1枚紛失しただけで一大事だった。気が狂ったように紛失した写真を探し求めたという。

 また、ダーガーは雑役夫の仕事を終えると、すぐ自分の部屋に引きこもった。ほとんど誰とも話をしなかった彼の部屋からは、「いつも複数の話し声が聞こえた」らしい。当時の隣人は「物語の構想を練っていたのでは」と話す。たとえ現実には貧困にあえいでいたダーガーも、“王国”で生きているときは幸せだったと筆者は思う。

 晩年は貧困に加え病に襲われたダーガーを見かねた大家夫婦が、救貧院に彼を入院させている。入院と同時に急に衰弱していったダーガーは、入院から翌年の1973年、ひっそりと息を引き取った。

 “王国”を出て、病に伏せったダーガーは作品作りをしなかった。そのことが死を早めたのかどうかは分からない。だが彼が作品作りに人生の大半をささげたのは事実。ここまで1つの「仕事」に打ち込めるとは素直にうらやましい――と感じた筆者であった。

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