「“うつ”に悩む方々のためのブログ」は、24時間いつでも駆け込める「心の避難所」だ。身近には助けてくれる人がおらず、孤独に陥っている人などが駆け込んでくる。避難所の皆で苦しみを共有・共助して立ち直っていくという「ブログ療法」を紹介しよう。
元うつ患者の野口敬さんが立ち上げた「“うつ”に悩む方々のためのブログ」は、24時間いつでも駆け込める「心の避難所」だ。2006年8月に開設、これまで延べ6万人が避難してきた。ここでは自分のブログ内に苦しみを書き込むと、ほかの誰かがそれに対してコメントを書き込む――という相互の書き込みをすることで、書き込む皆が苦しみを共有し、最終的には自立していくことを目指している。
野口さんはこれを「ブログ療法」と呼ぶ。ネット上のブログは「バーチャルな避難所」だが、定期的にオフ会を開いたり、重い症状や切迫している人には協力者などの「リアルな避難所」に避難させる場合もある。
野口さんは、うつを「心の地震」と捉えている。そして、症状の軽重を7つにレベル分けする「心の震度階」という基準表を作った。これは医師が「ペインスケール」という表を使い、患者の痛みをレベル分けするのと同じだ。こうして症状を客観的に把握しておくことで、症状の見解差による治療の差異を避けることにつながる。誰もが同じスケールを元に、標準化した治療を患者にすべきだと考えているのだ。
心の震度 | 本人が自覚する心の症状 | 本人が自覚する体の症状 | 家事や仕事でのサイン | 身近な人が取るべき対応 | 医師が取るべき対応 |
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震度1 | うっとうしい気分が続く | 疲れがいつまでも抜けない | 注意力が散漫になる | うつ病の可能性を考える | うつ病の可能性を考える |
震度2 | 頭が重く、疲れが取れない | 何もしたくない | ミスが多くなる | 医師の診断を受ける。できる限り同行し、医師の説明を聞く。 励まさない、強制しない、無理をさせない。優しく支える |
うつ病の性格な判定を行う。適切な投薬の処方と家族に対する丁寧な症状説明を行う |
震度3 | 不安で時々心が締め付けられる | 睡眠が浅い。食欲や性欲が減退する | 仕事が手に付かない | (同上) | 投薬効果の適切な判定と家族に対する丁寧なカウンセリングを行う |
震度4 | 心が時々強く揺り動かされ、自分の心なのに自分でコントロールできないことがある | 眠れない。少し寝てもすぐに目覚めてしまう。食欲がない | 休みが多くなる | 思い病気だと認識し、回りの人や家族全員で支える体制をとる | 注意深く経過を観察する。少しでも悪化する可能性が見えたり、好転の可能性がない場合には処方の変更や短期間の入院措置を検討する |
震度5 | 意味もなく怖いと感じる | 身の回りのことができなくなる | 家事や仕事がほとんどできなくなる | すぐ医師に連絡し、入院を考える | 短期間でも入院措置をとる |
震度6 | 頻繁に恐怖感に襲われる | 怖くて動けなくなる | 家事や仕事がまったくできない | 極めて重い状態であることを認識し、速やかな入院措置が取れるようにする | 速やかに入院措置をとる |
震度7 | 猛烈な恐怖に襲われる | ひたすら恐怖におびえる | (同上) | (同上) | 直ちに入院措置をとる |
「普通は震度4〜5ぐらいで気付きます。3までは気が付かないから普通に日常生活を送ってますね」。ブログに集まってくる人たちも震度4〜5の人が多いという。一生懸命頑張っても上司から叱責され、部下から文句を言われる中間管理職の人、家庭内暴力に悩む人、失恋や離婚の痛手から立ち直れない人――など発症する原因はさまざま。性別を問わず多くの人たちが逃げてくる。
彼らは避難所に逃げてきて、どうやって立ち直っていくのだろうか。
心の避難所には診療時間というものがないから、急に不安になったり落ち込んだりしたら、いつでも駆け込める。実際は夜中に来る人が多いという。まずやることは、「心の苦しみを吐き尽くす」こと。すると「誰かが必ず読んでくれ」て、読んだ人たちが苦しみに共感し、皆で苦しみを共有する。「分かるよ、辛かったんだね」など優しい言葉をかけてもらうと、苦しみが和らぐ。具体的な解決策の意見交換もされる。そうするうち、徐々に自分から立ち上がろうという気力がわいてくるのだ。
「ブログ療法」では心情を吐き出すからカウンセラーに話を聞いてもらうことも兼ねているし、自分で書いた文章は、最も詳しいカルテになる。
病院に行く勇気や時間、気力や体力がない患者の命綱になる時もある。例えばブログ内で積極的にアドバイスする人たちが、新しく駆け込んできたある患者に対して、「このまま家にいたら、もっと心が追い詰められてしまう」と判断したとする。こうした場合は、野口さんと一緒に実際に患者がいる場所まで行き、「リアルな避難所」に泊めることもあるからだ。彼らは、自らのうつ病の貴重な体験を生かして、苦しむ患者にアドバイスをしている人たちだ。
リアルな避難所とは、アドバイスする人の家や患者の親戚などの家。追い詰められてしまうのは、家族の理解が得られずに孤独と絶望に陥り、うつがどんどん悪化して震度6あたりまで行っている人たちだ。症状にもよるが、こうした重度の患者には、短くて1週間、長くて3カ月間をリアルな避難所で過ごしてもらう。ビジネスパーソンの場合は、症状が軽くなってきた場合はこの避難所から通勤するのだ。
野口さんによると、うつになる原因は4つある。孤独、絶望、不安、そして、「自分はなんて情けないんだ。自分がすべて悪いんだ」と自分を責めることだ。特にこの「自責がうつ病発症の強い引き金になる」という。「孤独には優しさや仲間を、絶望は希望と支えを、不安には安心と支えを、自責には、仲間からのいたわりが必要。これら全部をグループで実践できるのが、ブログ療法なんですよ」
患者が相談してくるのは夜中。対応する野口さんは完全に夜型の生活になってしまっている。還暦間近で自分の健康だって気になるはずの野口さんは、なぜそこまでしてうつの人に手を差し伸べるのだろう。
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