第17回 サル仕事には意味がある――「習っていないからできない」問題を解くヒント実践! 専門知識を教えてみよう(4/4 ページ)

» 2008年09月03日 13時00分 公開
[開米瑞浩,ITmedia]
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サル仕事には意味がある

 なんとかして彼らに「動作原理から学ぶことの意義」を実感させることはできるのでしょうか? そのヒントになるのではないか、と思われる話を最後に1つ紹介しましょう。

 東京大学先端科学技術研究センター特任教授の妹尾堅一郎氏が、「知的情報の読み方」という著書のあとがきでこんなことを書いています。少々長めですが非常に面白い話なので引用します。

 数年前にデータベースがまだ利用しにくかった頃には、新聞の縮刷版や雑誌のバックナンバーなどから集めてきた記事や広告を実際にコンピュータに打ち込む必要があった。つまり、調べ尽くしたデータの整理だけで、大変な時間と労力を必要としたのである。SFCの学生たちは、この非生産的にして非頭脳労働的な作業のことを「サル仕事」と呼んでいた。

 その心は「サルでもできる仕事」か、「サルでもなければやらない仕事」か、それとも「サルにでもやらせたい仕事」なのか定かではないが、ともあれ、学生たちがこの「サル仕事」に辟易していたことだけは間違いない。

 ところが、である。何人もの学生たちが、この「サル仕事」に翻弄されている最中に、ある「真実の瞬間」を体験したのである。

 彼らは「サル仕事」が峠を越える頃になると、「あっ、読めた!」とか「あっ、わかった!」などという奇声を発したのである。決して、あまりの単純労働のために錯乱したわけではない。彼らは、収拾してきた膨大な資料の山を、ひたすらコンピュータに打ち込んでいくという荒修行にも似た単純作業の最中に、その資料の山を貫いているある軸や概念に突如気づき、奇声を発せずにはおれなかったのである。

 この現象、いったいどのように解釈したらよいのだろうか。まったく頭を使わず、指先でキーボードを叩き続けるだけの「サル仕事」の最中に、「記念日の社会的意味の変容」という高度に抽象的な課題に沿った、「データの整理軸」を見出してしまうのである!

「知的情報の読み方」(著:妹尾堅一郎 出版:水曜社)

 入力マシーンと化して何も考えずにひたすらコンピュータにデータを打ち込むという作業、お金があれば入力屋さんを雇って外注したいような単純作業をしているうちに、なぜか高度に知的な発見をしてしまうわけです。このとき、彼らは「勉強」していたわけではありません。誰かに教えてもらったことを覚えようとしていたのではなく、ただひたすら「作業」をこなすうちに自分で「発見」してしまう。

 同じような体験を私も何度もしているので、この話は納得がいきます。確かにそういうことはあります。実はこれのほうが「物事の動作原理を学ぶ」上では本命なのかもしれません。サル仕事には意味があるのです。膨大な実データに触れることは大事です。このことは、「考える力を育てる」という今日的な課題を追い求める上で重要な示唆を与えているような気がします。

お知らせ

 当連載でここまで扱ってきた「専門知識を教える技術」についての本が出版されました! 書名は『ITの専門知識を素人に教える技』(Amazon.co.jp)です。

筆者:開米瑞浩(かいまい みずひろ)

 IT技術者の業務経験を通して「読解力・図解力」スキルの再教育の必要性を認識し、2003年からその著述・教育業務を開始。2008年は、「専門知識を教える技術」をメインテーマにして研修・コンサルティングを実施中。近著に『図解 大人の「説明力!」』


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