インタビュー
» 2009年10月27日 11時00分 公開

デザインできなくても作れる――デザイナーを経て「NENPYO」を作り上げたdaiskipさんひとりで作るネットサービス(2/3 ページ)

[田口元,Business Media 誠]

地元で起業した福田さんが東京でWebサービスに関わるようになったわけ

デザインラフを描いているところ

 少し時間をさかのぼろう。元々、福田さんは長崎出身。実家は電器屋を営んでいるため、小学校のころには新し物好きの父親が買ってきたマイコンをいじっていたという。ただしそのときはゲームをするぐらいで、プログラミングやデザインに特に興味があったわけではなかったという。その後もPCには深く触れることなく大学まで進み、東京の広告代理店に勤務することになる。

 「そこでもあまりPCは触りませんでしたね。営業資料を作るためにちょっといじるぐらいで……。ただあるときから一緒に仕事をしているデザイナーさんがやっていること自体に興味を持つようになりました」。その後、「東京に疲れた」福田さんはその会社を辞めて実家の長崎に戻ることにした福田さんは、とりあえず家の手伝いをしようと思い立ち、見よう見真似で実家が営む電気店のWebサイトを作ってみた。

 「もう見よう見真似でしたね。ほかの企業サイトを見て『こういう風に作られているのかな』と思いつつ試行錯誤しながら作り上げていきました」。そうした作業をしているうちにWebサイトを作る仕事に興味が出てきた。当時地元には会社も少なく、特につてがあったわけではないが「とりあえずウェブ制作会社を立ち上げてみよう」、そう思い立ち、地元で起業することにした。

 ほぼ1人で仕事をする毎日だったが、ビジネスは順調だった。そしてある日、福岡にあるpaperboy&co.から仕事の依頼を受けたことが次の転機となった。「paperboy&co.が運営しているブログサービスにJUGEMというものがあるのですが、サービス立ち上げ時にテンプレートのデザインを任されたのです」。早速いくつかのデザインを作って納品したが、自分が作ったテンプレートが多くの人に使われるのを目の当たりにし、福田さんは大きく心を動かされた。

 「それまで企業のWebサイトの制作を中心にこなしてきましたが、基本的に感想をいただけるのはクライアントの担当者の方からだけでした。でもJUGEMのテンプレート作成の仕事をした時に、実際に使ってくれているユーザーさんたちが喜んでいる反応などが伝わってきて、すごくうれしくなったんです」。「JUGEMのテンプレートを見て良さそうだなと思ったのでブログを始めました」「新しいテンプレできたんだ」――そうしたユーザーの声が大きな励みになった。

 それをきっかけに福田さんとpaperboy&co.との距離はぐっと縮まっていく。paperboy&co.の東京進出に併せて彼が入社するまでにそれほど時間はかからなかった。入社のきっかけはブログだった。彼のブログにpaperboy&co.の家入さんがコメントを残し、そこからとんとん拍子に話が進んだのだ。

 長崎に戻ってきた福田さんだったが、すぐに彼は東京に戻ることを決めた。家入さんからのアツいメールをもらったのと、何よりユーザーの声が直接届くWebサービスの企画・制作に携わりたかったからだ。ただ、東京に戻るには家族ごと引越しをしないといけない。家入さんからのメールを思い切って妻に見せると「行ったらいいよ」と温かく賛成してくれたという。

 東京のpaperboy&co.にはデザイナーとして入社し、さまざまなWebサービスに関わってきた。会社が大きくなるに連れて企画やマネジメントの仕事をするようになったが、自分でもWebサービスを作れるスキルを身につけたいとも思うようになってきた。「Webサービスの企画が好きなので、思いついたら社内SNSに書き込みまくっていました。みんなからはスルーされることが多いですけど(笑)」

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