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ちょっとした対話が成長を助ける――上司と部下が話すとき互いに学び合う田中淳子のあっぱれ上司!(2/2 ページ)

上司や先輩の背中を見て、仕事を学べ――。このように言う人がいるが、実際どのようにして学べばいいのだろうか。よく分からない人に、3つの事例を紹介しよう。

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付き合ってくれた上司

 ある20代後半のITエンジニアが「最近、移動中は、技術書だけではなく、ビジネス書も読むようになりました。そのほか小説とか、とにかく何か本を持ちこみ、たくさん読むことにしています」と言うので、以前から読書好きだったのか尋ねてみた。

 「いえ、とんでもない。漫画くらいしか読まない人間でした。ある時、岡山から東京まで上司と2人で出張しました。日中です。席に座ると同時に2人で本を取り出したのですが、上司はビジネス書で、僕は漫画でした。上司はそれを見とがめて『君はこれから4時間、漫画を読むつもりか。もったいないじゃないか』と説教するんです。しつこく諭されたので、自分も改心して、それ以来、移動の車内では極力ビジネス書を読むようになりました」

 ビジネス書を読むようになって、このエンジニアに変化はあったのだろうか。

 「本って苦手だったのですが、読む習慣がついてきたら、読み進めるスピードも速くなりました。学べることも多く見つかるようになって、あの時説教されてよかったな、と思っています」

 仕事終わりの夜の新幹線車内というのなら、漫画を読んでのんびりしてもいいのだろうが、勤務時間中の長時間移動で何か役立つ本を読め、という上司の指導もよく分かる。でも実は、この上司、「本を読め」と指導したのではなく、「時間の使い方」を教えたかったのではないだろうか。

 上司から社外で学ぶと言えば、つい最近、こんな話を聞いた。

 「若いころ、自分の仕事の仕方で悩んでいました。部内に“スゴい営業”と目される4歳上の先輩がいて、この先輩から学びとるにはどうしたらいいのか、考えました。たまたま帰る方向が同じだったので、先輩が帰ろうとすると、自分も仕事を片付け、先輩にくっついて行きました。そして、帰りの電車の中で質問したり、教えてもらったり、会話しました。

 次の日も先輩が帰るタイミングに合わせて自分も仕事を終えて、一緒に帰りました。前日の話の続きをするのです。そうやって半年くらいほぼ毎日一緒に帰りました。自分の仕事が終わらなくても、これは朝早く来て片付けようと決め、とにかく先輩と一緒に帰ることを最優先にしたんです」

 後輩と一緒に帰る日々が半年も続く……。この先輩は嫌がらずに付き合ってくれたのだろうか。

 「ええ、まったく嫌がらずに。そのうち、『おい、帰るぞ!』と先輩から声を掛けてくれるようにまでなって」

 ほぼ毎日先輩とともに帰り、道中、あれやこれや多くを語ったという。対話を繰り返す中で、徐々に目の前のモヤが晴れ、仕事の仕方について解決の糸口が見えるようになり、一緒に帰る回数は減っていった。それでも、今も週に数回は一緒に帰って、教えてもらっているそうだ。

 この若手の行動力もスゴイと思うが、半年間ずっと付き合う先輩も素晴らしい。飲みに行くのではなく、しらふで毎日数十分対話を続ける。これで、後輩はその先輩から多くを学び取ることができただろう。一方で、先輩の学びにもつながっていたはずだ。人は誰かに教える時、大きく成長できるものだからだ。

 「こうするものだ」という信念を語ろうとすれば、自分の軸を見直さなければならない。説明したとき、相手から「なぜ?」と問われれば、「なぜ?」と真剣に考えなければならなくなる。「自分の体験を生々しく語ってあげる」という時、人は、その時の出来事とともに、自分の気持ちの変遷も再度味わい直すはずだ。そうやって人に何かを教える時、教えている側にも気づきと学びの機会が訪れているのである。

 それにしても、こんな風に「毎日一緒に帰りたい、帰る途上で教えてもらいたい」と思える先輩に出会えるのは、うらやましい話だ。今度はこの彼が、さらに後輩から「教えていただきたいので、一緒に帰ってもいいですか?」と言われるようになっていけば、教え教えられる関係が脈々と引き継がれていくこととなる。そう話したら、彼は「そうですね。今度は僕がそういう存在にならないといけないなと思います」と笑顔で答えた。

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著者プロフィール:田中淳子

田中淳子

 グローバルナレッジネットワーク株式会社 人材教育コンサルタント/産業カウンセラー。

 1986年上智大学文学部教育学科卒。日本ディジタル イクイップメントを経て、96年より現職。IT業界をはじめさまざまな業界の新入社員から管理職層まで延べ3万人以上の人材育成に携わり27年。2003年からは特に企業のOJT制度支援に注力している。日経BP社「日経ITプロフェッショナル」「日経SYSTEMS」「日経コンピュータ」「ITpro」などで、若手育成やコミュニケーションに関するコラムを約10年間連載。


  • 著書「速効!SEのためのコミュニケーション実践塾」(日経BP社)、「はじめての後輩指導」(日本経団連出版)、「コミュニケーションのびっくり箱」(日経BPストア)など
  • ブログ:「田中淳子の“大人の学び”支援隊!
  • Facebook/Twitterともに、TanakaLaJunko

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