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» 2016年01月14日 07時40分 公開

新連載・一大ブームの仕掛け人たち:なぜ「ビックリマン」は年間4億個を売り上げるまでのブームになったのか? (3/3)

[本原正明,ITmedia]
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ピーク時には年間で4億個

子どもたちに大人気だったヘッドシール「ヘッドロココ」 子どもたちに大人気だったヘッドシール「ヘッドロココ」

 もう1つ、大きなブームになったポイントは、悪魔VS天使シリーズが子どもたちの間で話したくなる“余白づくり”が意図的に展開されていたからだと思う。パッケージでは「キミもはられたら はりかえそう」と呼び掛け、シールを貼って遊ぶ楽しさを提供し、シールの裏面にはユニークな文章で話題性の高いウワサなどを掲載した。

 こうした戦略が功を奏し、1987年にビックリマンはアニメ化、ゲーム化、そして、当時子どもたちのバイブル的な漫画雑誌であったコロコロコミックでの連載もスタートした。菓子業界でメディアミックスを展開したはしりがビックリマンだったのだ。

 日本に一大ブームを巻き起こした悪魔VS天使シリーズは、ピーク時の1990年前後には年間4億個を売り上げ、買い占めなどを防ぐために「1人3個まで」という購買制限を設ける店もあったほどである。

第2次ブーム、そして……

 しかし1988年、ブーム真っ只中に公正取引委員会から指導を受けた。それはシールの価格差をなくす、種類ごとの混入率を均一にする、特定のシールに価値が出るような広告をしないという内容だった。これをきっかけにビックリマンの勢いが一気に落ちてしまった。ブームが去り、ついには衰退期に突入したのである。

 そこからいわゆる“官製不況”に突入して約10年間、表舞台ではほぼ沈黙が続いていたわけだが、当時のビックリマン担当者は水面下でさらなる企画の考案を進めていた。そして1999年、新シリーズとなる「ビックリマン2000」を発売した。

 同シリーズは発売と同時にメディアミックスを仕掛けて話題を作り、かつてビックリマンシールを収集していた人たちが懐かしさを覚えて買い求めた。加えて、アニメ化によって新規の子どものファンもできたことで売り上げが急上昇した。第2次ブームの到来である。

 ところが、わずか数年間で消費者が離れてしまう結果となった。第2次ブームは長続きしなかったのである。ビックリマンは冬の時代に再突入した。

 そして時は流れ、まさに今、ビックリマンの第3次ブームが起きつつある。次回の記事では、どのようにして3度目のブームを作り上げたのか、その裏側にあった“ビックリ”マーケティング戦略について詳しくお話したい。

著者プロフィール

本原正明(ほんばら まさあき)

株式会社ロッテ マーケティング統括部 第一商品企画部 こどもゴコロチーム

2007年にロッテ入社。同年、ロッテ商事に配属となり、菓子営業(近畿)および本社営業企画部を経て、2010年より商品開発部に所属(現・マーケティング統括部)。チョコレートの商品開発を経験後、現在は「ビックリマンブランド」を含めたキッズカテゴリーのチョコレート全般マーケティング業務を担当。


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