“オヤジ”たちが今なおミニ四駆に熱狂する理由(2/6 ページ)

» 2016年05月11日 07時20分 公開
[前田靖幸ITmedia]

「ラジコンボーイ」がきっかけに

 少し時間を前に戻してみよう。1983年夏、玩具市場に任天堂のゲーム機「ファミリーコンピュータ」が登場した。間もなくしてそのゲームソフトの情報はいろいろなメディアでたちまち取り上げられていった。

 当然のように、少年たちのバイブル雑誌であったコロコロコミックでもファミコン情報が盛りだくさんになっていくが、一方で、この年に、RCカー(ラジオコントロールカー)の漫画「ラジコンボーイ」の連載も始まった。これが、後のレーサーミニ四駆のムーブメントのきっかけになっていることは意外と知られていない。

 連載開始当初から反響はすこぶる大きく、やはり男の子には“カーホビー”が必須であることを編集担当の方々と確信したものだ。「ワイルドウイリス」「マイティフロッグ」「グラスホッパー」「ホーネット」「ホットショット」「ブーメラン」「サンダーショット」といったRCカーのネーミングを耳にした方もあるだろう。

RCカー「グラスホッパー」(C)TAMIYA RCカー「グラスホッパー」(C)TAMIYA
RCカー「ホーネット」(C)TAMIYA RCカー「ホーネット」(C)TAMIYA

 ただ、この模型の商品単体を誌面上でキャラクタライズするということは至難だった。例えば、ファミコンのゲームでは、人物や乗物のキャラクタライズがわりと容易で、ユーザーもその世界観に浸ることができる。取扱説明書や情報ページを見るたびに、うまく競技性(ゲーム性)をうたっていて歯がゆくて仕方がなかった。

 それでも、コロコロコミックの巻頭カラーで毎号のようにRCカーの激走シーンが披露され、ラジコンボーイの物語でもマシンの功能や由来にしっかり触れてもらった。加えて、当時の学年誌(『小学一年生』〜『小学六年生』)で、小学生にも理解できるように、生物的にマシンの特性が紹介されることが続くと、少しずつ、1台1台のRCカーが“○○なマシン”としてシンボライズされ、キャラクタライズに近い状態にまで進んだ。

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