コラム
» 2016年07月08日 10時43分 UPDATE

そもそも音楽は反体制なのかどうなのか問題 (5/6)

[堀田純司,ITmedia]

人気コンテンツに現れる「反体制」

 ただ、ここにきてコンテンツの中に「反体制」の復権の兆し、まさに「反逆ののろし」が見られるようになってきました。

 アメリカの小説、スーザン・コリンズ『ハンガー・ゲーム』、ヴェロニカ・ロス『ダイバージェント』などがその典型ですが、これらの作品では、既得権益層を倒し、若い世代に負担を強いる社会システムそのものを「ぶっ壊してしまう」という展開が出てくる。こうした設定は、特にヤングアダルト向けコンテンツでは定番的に見られるようになってきました。

 これを読んで連想された方もいらっしゃるのではないでしょうか。日本の大ヒット作品『進撃の巨人』にも、「王政編」と呼ばれる展開があり、ここでは若者たちがクーデターを起こし、体制を変革。実権を握っていく政治劇が描かれます。

 もちろん「巨人」が「海外作品に影響を受けた」という訳ではなく(余談ですが巨大な壁が出てくる点で「進撃」と少しだけ設定が似た『メイズランナー』という作品も、若者たちが体制を変えていきます)、「優れた作品は、自然と歴史の中にある」ということなのでしょう。

photo 若者によるクーデターも描かれる『進撃の巨人』

 なぜ「反体制」が描かれ、共感されるのか。私にはその理由がわかるような気がします。かつて「大きな政府」がもたらした安定は過去のものになった。「一億総中流」は終わり、自由と自己責任の時代になった。それはいいとしましょう。

 しかしでは「小さくなった政府」はいったい何をやっているのか。もちろん国防やマクロ経済政策など、国ならではの機能を果たしているのでしょう。しかし、これにぶら下がって、ちゅうちゅう汁を吸う人間があまりにも多すぎるように見える。

 このシステムのインサイダーとアウトサイダーでは、生活がぜんぜん違う。これが大問題で、学校を出た時に首尾よくインサイドに入れなかった人は、そのまま一生、アウトサイダーでいる公算が高い。一方、インサイダーの中でも権益を握った人間、「上級国民」は、国民から強制的に集めた税金を巨大イベントなどで好きなように使っているように見える。かつては私生活まで面倒を見てくれた「会社」も、今ではうかうかするとブラック企業として搾取される。

 しばしばシステムの改革者を自称する人間が出てきても、実はその本当の目的は違う。自分自身が権益を握ると、すぐさま盛大にちゅうちゅう汁を吸いはじめ、美術品や服やガソリンのカードまで買ったりしはじめる。

 「だったら、このシステム自体をぶっ壊さないとダメだ」。読者はファンタジーの中の革命に、そうした気持ちを仮託して読んでいるのではないでしょうか。

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