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伊豆大島が「ゴジラ」に頼る、残念な思考スピン経済の歩き方(3/7 ページ)

» 2017年01月01日 13時00分 公開
[窪田順生ITmedia]

「観光」と「おらが村自慢」をゴチャマゼに

1984年に上映された『ゴジラ』。ラストシーンでゴジラが三原山の火口に落ちた

 「観光」には革新的な先端技術は必要ない。大規模な工場もいらない。歴史的建造物、伝統文化、自然などその地域にしかない「観光資源」を掘り起こし、観光客を受け入れるだけの整備を行えば、宿泊、飲食、土産物や名産品などの小売、タクシー、観光ガイドなど幅広い雇用を生む。「基幹産業のない人口減少社会」にとって、実現のハードルが低いうえ、実利も多い産業なのだ。

 そういう意味では、大島町が「観光振興の起爆剤」を模索しようというのは、ごく自然の流れというか極めて真っ当な判断だと思う。ただ、そこで1億9000万円の「シン・ゴジラ像」にすがってしまうあたりがマズい。これまで我が国における「観光の産業化」を妨げてきた問題がモロに露呈してしまっているからだ。

 それはズバリ言わせていただくと、「観光」と「おらが村自慢」をゴチャマゼにしてしまっている問題だ。

 そもそも、伊豆大島にシン・ゴジラ像ができるというニュースを耳にした方の多くは、「なんで?」と首をかしげたのではないか。映画でゴジラは東京湾から上陸して、多摩川河川敷で陸上自衛隊と一戦を交え、最後は東京駅で朽ち果てた。ぶっちゃけ、「伊豆大島」と聞いてすぐに「ああ、ゴジラの島ね」と連想する人はマイノリティではないだろうか。

 しかし、伊豆大島の観光関係の方たちはそういう認識ではない。実は1984年の映画では、ラストでゴジラが三原山の火口に落ちて、89年の映画ではそこから復活を果たしていることで、地元では「三原山=ゴジラの聖地」という位置付けなのだ。

 このイメージをさらに広めようということで、大島町は「伊豆大島ゴジラアイランド化計画」を立案。国から地方創生加速化交付金がいただけるという運びとなり、じゃあヒット映画にあやかってシン・ゴジラ像を建てましょう、という流れになったのである。

 「伊豆大島って言ったらやっぱゴジラだよね」という声が島の外から多数寄せられたので、多額の投資をしてでもゴジラ像をつくろうという話になるのなら分かる。が、経緯を見るとどうもそういうわけではなく、「30年前の映画の舞台になった」というかなりビミョーなところを拠り所にして猛プッシュをしているようなのだ。

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