谷川連盟会長は、クビをかけて将棋を守った「規制が遅かった」は結果論(2/2 ページ)

» 2017年01月27日 05時30分 公開
[川口雅裕INSIGHT NOW!]
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谷川会長はクビをかけて将棋を守った

 今回の騒動を通して将棋連盟は、プロの将棋がそのような見せ物でないことを明確にできた。道具を持たない人間対人間の勝負を期待しているファンに対して、その期待に応え続けられる状況を作ることができた。そもそも、対局中の棋士は他の棋士たちに助言を求めたりしないし、他の棋士が対局中の棋士に意見を言うことも絶対にない。それが将棋ソフトでも同じだと周知できた。ファンは今、これまでと同じように棋士を敬愛し、ワクワクしながらその将棋を見ることができている。

 確かに、日本将棋連盟による処分は三浦九段にはひどくつらい結果となったが、もし「疑わしきは罰せず」で、竜王戦をそのまま始めてからソフト指しが発覚していたら、その騒動は今回の比ではなかった。発覚しなくても、棋士たちに相手がソフト指しをしているかもしれないという疑心暗鬼が漂ったままなら、棋士同士の関係や棋譜の価値が徐々に低下し、プロ棋士の魅力、将棋界への求心力がなくなっていくだろう。

 谷川会長は、これら将棋界の存続にかかわる大きなリスクとてんびんにかけ、三浦九段の処分という決断を下した。ソフト指しがあったのかなかったのかを明確にしなければ、将棋界の未来はないと考えた。その判断は過ちとなったが、結果として、谷川会長はクビをかけて将棋を守ったのではないかと思う。

「規制が遅かった」は、結果論

 こんな事態になる前に、対局中にソフトの使用ができないような規制をすべきだったという批判があるが、これも、そう単純な話ではない。

 第一に、持ち物検査や金属探知機による検査を実施することは、プロ棋士を、ズルをする可能性がある人として扱うのと同じであり、ファンが向けてきた棋士への憧れや尊敬の気持ちが失われてしまいかねない。

 また将棋連盟として、強さだけでなくその言動やありようにも心を砕いてきた棋士たちを疑い、軽んじるような規制を実施するのが難しかったのはよく理解できる。「棋士に、持ち物検査などの幼稚な規制をするのか?」などと揶揄(やゆ)するメディアだってあっただろう。

 第二に、棋士は将棋連盟の社員ではない。雇用関係にあるなら、将棋連盟は使用者として棋士たちに指示し、それに従わせることもできただろう。しかし、雇用関係にない人たち全員に対して一斉に「持ち物検査」「対局中の外出禁止」などの規則をかぶせれば、「信用されていない」と感じた棋士たちの相当な反発が予想されたはずだ。そして、何の問題も事件も起こっていないのに、そのようなルールをめぐってもめている姿は、またファンを幻滅させてしまうだろうと考えたのもよく分かる。

 第三に、伝統は容易に変えられない。将棋は、江戸期に将軍の前で「御城将棋」が行われたように日本の伝統文化でもある。将棋連盟や棋士たちは担い手としての自覚を持ち、対局時の手順・言動・作法などの様式を守ってきた。そんな棋士の姿も、多くのファンを魅了しつづけている大きな要因である。「規制すればよい」と簡単に言う人も多いが、プロの将棋はそこらにあるゲームや勝負事とは違う。新たな規制の設置は、担い手がその伝統の一部否定をするのに近く、容易ではないのだ。

 要するに、ソフト指しができないような規制を設ける決断が遅れたというのは、部外者が言う結果論である。谷川会長は、ファンの目線や気持ち、棋士のプライドや努力、将棋の長い伝統などのはざまで大いに悩んできたはずだ。それを、会社や地域で「○○禁止」などのルールを作るのと一緒にしては、あまりに失礼である。

 そもそも今回の騒動は、大相撲やプロ野球で起こったようなばくちや八百長といった類のスキャンダルとはまったく違う。外部からあれこれ批判を浴びせられるような、不祥事やルール違反があったわけではない。次期会長には、三浦九段復活への支援・配慮と共に、谷川会長が守ったプロ将棋・プロ棋士の価値に自信を持って進んでいただきたいと思う。(川口雅裕)

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