マツダ独自のデザインを見せるための塗装池田直渡「週刊モータージャーナル」(3/3 ページ)

» 2017年03月13日 07時30分 公開
[池田直渡ITmedia]
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デザインを際立たせる色

 では、この2色がデザインに与えた影響とは何なのだろう? それにはそもそもわれわれが普段見ているものは何なのかを知らなくてはならない。われわれが見ているのは物体の表面で反射した反射光である。その証拠に光源のカラーバランスがおかしければ、物の色は正確に見えない。それは夕焼けの赤い太陽光の中で見ればすべてのものが赤く見えることからも明らかだ。

 色の三原色は、青、赤、黄なので、昼間のバランスの良い太陽光の中であれば、青と黄色を吸収する物体は赤を反射するので赤く見える。感覚と異なるかもしれないが、われわれが赤く感じるものは赤を反射する素材なのである。

 問題はこの反射だ。面を緩やかに変化させたとき、観察者の目に反射する光の量がなだらかに変われば、面の変化の階調がよく分かる。従来のメタリック塗装のように乱反射してしまえば、微細な面の変化は光の乱反射に紛れて分からなくなってしまう。つまり、反射率をリニアに制御できる塗装があれば、デザインはより複雑な造形を訴求できる可能性が高くなるのである。

 ここにロードスターのミニカーを撮った2枚の写真がある。1つ目はブツ撮り用の白箱セットの中で撮った普通の写真である。光源はカメラの上45度で、左右どちらにも振らず正面から入れている。左右の色に違いはない。2つ目の写真は、ミニカーの回りを紙でコの字型に囲ってある。右半分は白い紙、左半分は黒い紙である。その結果、ミニカーの塗装に紙の色が映り込んで左右が違う色になっている。

正面上45度からバンクを使って光を当てたロードスターのミニカー。左右の色は当然均等に見える 正面上45度からバンクを使って光を当てたロードスターのミニカー。左右の色は当然均等に見える
同じ照明のまま、左右にそれぞれ白と黒の紙を入れた場合。塗装色が違って見える 同じ照明のまま、左右にそれぞれ白と黒の紙を入れた場合。塗装色が違って見える

 前半で述べた通り、マツダは塗装面を複層化して、反射層内部の色や反射率をコントロールして擬似的にこの状態を作り出しているのである。アルミフレークのそろった反射面と光吸収フレークの相乗効果で、面の変化をよりデリケートに表現することに成功したのだ。

 大会社というものは往々にして縦割りである。デザイナーが緻密でデリケートなデザインをしたいと思っても、塗装部門にはそれがなかなか伝わらない。専門職のたこつぼの中で、他社の同部門を驚かせることに執着することが多い。しかしマツダはどうもその辺が違う。塗装のエンジニアも「魂動デザイン」をより良く表現するための塗装という課題を独自に設定して、技術を開発する。

 デザインを統括する前田育男常務によれば、これはデザイン部が頼んだ話ではなく、魂動デザインのためにと言ってでき上がってきたこの塗装技術に驚かされたという。面の微細な変化を表情豊かに表現できる塗装ができたことで、デザインの自由度が上がったのである。塗装技術によって、デザインが触発される。そういう関係がマツダではでき上がっている。

 相変わらずおもしろい会社である。そう言えばマシーングレーの技術説明会のときもおもしろいことがあった。一通り技術説明を終えて質疑応答になったとき、一人のジャーナリストが質問した。「この技術を使ってほかの色は作らないんですか?」。そう問い掛けられたマツダのエンジニアは困惑した顔で言った。「鉄の色を作るために開発した技術なので、グレーでないと鉄にはなりません」。

 聞く方も聞く方だが、大真面目に答える方も答える方である。1つの技術ができたから可能な限り横展開するという考え方は普通の話だ。だが、マツダはそうしない。何を実現するための技術かという目的がきっちり定義されている。マツダ第2のイメージカラーは鉄でいく。その鉄の色を再現するために新しい技術を開発する。確かに筋は通っている。

 しかし、おもしろいものだ。クルマはその大半が鉄でできている。その鉄を表現するために塗料を開発する。まあ冒頭に述べた通り、鉄そのものでは錆びてしまうので仕方ないのだが、鉄を鉄の色で塗るために従来にない技術を開発してしまう会社が世の中にはあるのである。

筆者プロフィール:池田直渡(いけだなおと)

 1965年神奈川県生まれ。1988年企画室ネコ(現ネコ・パブリッシング)入社。取次営業、自動車雑誌(カー・マガジン、オートメンテナンス、オートカー・ジャパン)の編集、イベント事業などを担当。2006年に退社後スパイス コミニケーションズでビジネスニュースサイト「PRONWEB Watch」編集長に就任。2008年に退社。

 現在は編集プロダクション、グラニテを設立し、自動車評論家沢村慎太朗と森慶太による自動車メールマガジン「モータージャーナル」を運営中。

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