スイフトに追加された驚異のハイブリッド池田直渡「週刊モータージャーナル」(2/4 ページ)

» 2017年07月31日 07時00分 公開
[池田直渡ITmedia]

これ1つで世界のマーケットをカバー

 さて、スズキはご存じの通りインドで大成功を収めている。インドでは今猛烈な勢いでクルマが普及しており、そうすれば当然イージードライブの要求は出てくる。ところが、従来のトルコンステップ型のオートマや、CVT(無段変速機)、あるいはDCT(ダブルクラッチトランスミッション)などの変速機は新興国ではインフラ的にメインテナンスが難しい。本来はクリーンルームで整備しなくてはならない精密機械なのだ。つまり、オートマ需要の増大が予測されるが、既存のオートマはどれも投入しにくいというのがインドの現状である。

 従って、これまではマニュアルトランスミッション1本で戦ってきたのだ。スズキはここに投入できるイージードライブ用トランスミッションとしてAMTを開発し、現在インドにトランスミッション専用工場を建設中である。何と言っても変速機の本体は頑丈で単純なマニュアルトランスミッション、どこでも修理が可能だ。追加されるアクチュエーターは壊れればそっくり部品交換で済ますことができるので新興国でも心配ない。

スズキがオートギヤシフトと呼ぶAMT。ハイブリッドと組み合わせることで既成概念を打ち破るシステムになった スズキがオートギヤシフトと呼ぶAMT。ハイブリッドと組み合わせることで既成概念を打ち破るシステムになった

 ところがこのAMTは先進国ではすこぶる評判が悪かった。特に日本では拒絶に近い反応である。何がそんなに嫌われるのかと言えば、「トルク抜け」と呼ばれる現象だ。アクセルを踏んでクルマが加速する。エンジン回転が一定まで上がると、AMTはクラッチを切って変速操作に入る。この間、クルマを押していた力が抜け、グッと失速したように感じる。全開加速の場合など本当に頭が前に振られるような感じを受ける。マニュアルトランスミッションに乗り慣れた人なら、変速ポイントを感覚的に覚えて、そこで少しアクセルを抜いてやれば比較的スムーズに加速することもできるのだが、そういう面倒なことが嫌だからと自動変速機を選ぶという人にとっては、かなり不快な現象だったのである。

 ということで、国産小型車の国内向けモデルの大多数には変速が滑らかなCVTが搭載されている。ユーザーの嗜好に合わせるならそうするより他は無かったのである。

 そうした中、スズキはAMTのドライバビリティ向上に、ハイブリッドを使う手を編み出した。スイフトに先んじてソリオに搭載されたこのシステムは極めてクレバーで、トルクが抜ける時にトルクの落ち込み分をモーターで加勢してやれば、失速感を感じないはずだという理屈に基づいている。

 ただし、それを製品化しようとするのは簡単ではない。大抵のハイブリッドシステムはトルクを断続するクラッチのエンジン側にモーターが付いている。これだとクラッチを切るとエンジンとモーターがどちらもタイヤに動力が伝えられないので、トルク抜けのケアはできない。それをさせるためには少なくともクラッチより下流にモーターを据え付けなくてはならない。クラッチを切ってエンジントルクがタイヤに伝わらなくても、モーターがクラッチより下流のタイヤ側にあればモーターでは駆動力がかけられる。

モーターの出力は10kW(13.6馬力)マイルドハイブリッド用のISGは直流だが、このMGUは交流モーター モーターの出力は10kW(13.6馬力)マイルドハイブリッド用のISGは直流だが、このMGUは交流モーター

 スズキの場合、「エンジン→クラッチ→トランスミッション→デフ」と並ぶパワートレーンの最下流にモーターを取り付けた。しかもモーターのトルクを増大させるために減速機を備え、チェーンを使ってモーターの動力を伝える仕組みを構築した。

 さて、こうすると何が良いか? 新興国も先進国も全部同じマニュアルトランスミッションを使える。新興国のローコストニーズにはベーシックなマニュアルトランスミッションを。新興国のトルク抜けにあまりうるさくないイージードライブニーズにはそれにアクチュエーターを加えたAMTを。変速に洗練を求める先進国ではこれにハイブリッドを加えてやれば全てのニーズに対応できる。つまりコンポーネントの追加だけで世界の市場のニーズに応えられることになる。これによるコストダウンは莫大なものになるだろう。

Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.