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» 2018年03月27日 07時55分 公開

スピン経済の歩き方:中国人観光客を締め出しても、「日本の花見文化」が守れない理由 (3/6)

[窪田順生,ITmedia]

中国人観光客という「新・消費者」

 「中国人なんかに来てもらわなくても日本の花見文化は安泰だ」「そっちの方が観光地が静かになってありがたい」という声が聞こえてきそうだが、残念ながらそれは「日本は神の国だから戦争に負けない」と同じで、ナショナリズムとしては十分理解できるが、現実から目を背けていると言わざるを得ない。

 今回、試算をした宮本氏が、「訪日外国人にも花見が評価されているので当分は増えるだろう」(夕刊フジ3月22日)と未来予測をたてたことからも分かるように、もはや日本経済はインバウンドなくしては成り立たない。「いや、そこは日本人の勤勉さと世界に誇る技術でカバーするさ」と口をとがらせる人もいるが、それは竹やりでB-29に挑むのと同じくらいむちゃなロジックだ。

 ロボットも人工知能(AI)もバイオテクノロジーもどんなに進歩したところで、レストランでメシを食い、店でモノを買って、ホテルに泊まるという「消費者」を生み出すことはできないからだ。人口がフリーフォールのように激減し、年を追うごとに消費者も姿を消していくこの国で、地域経済が生き残っていくにはどうすればいいかをということを冷静に考えれば、外の世界から「新・消費者」を引っ張ってくるしかないのは明らかだ。

 もうお分かりだろう。それこそがサクラノミクスにおける「中国人観光客」なのだ。

 納得できないという愛国心あふれる方も多いかもしれないが、実はそういう方たちが大好きな「古き良き日本人」も、「花見」のように観光名所に集う消費者相手の商売が「内向き」になるとロクなことにならない、ということをよく知っていた。

 それがよく分かるのが、「花見酒」という落語だ。

 2人の男がひともうけするため、向島で花見客に酒を売ろうとした。酒樽を運ぶ途中、休憩をしていたら、1人が相方に金を払って酒を1杯飲んだ。程なく、相方も酒が飲みたくなり金を払って1杯やった。休憩のたびにそんなことを繰り返しているうちに、向島に着いた頃には酒樽はすっかりカラになっていた。といっても、ただ単に互いに払い合っただけなのでもうけはゼロ――という笑い話である。

photo 「花見」のような観光地の消費者相手の商売が内向きになると、ロクなことにならない

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