名車の引退を惜しむ スズキ・ジムニー池田直渡「週刊モータージャーナル」(2/3 ページ)

» 2018年04月02日 06時30分 公開
[池田直渡ITmedia]

何がどう素晴らしいのか?

 室内に座る。決して狭くはないが、昨今のミニバン型軽自動車に乗ったときのような巨大なエアボリュームはない。着座したまま手を前に伸ばしてみてほしい。フロントウインドーに触れることができる。ミニバンだと着座したままでは手が届かない。人のパーソナルスペースというものは、概ね手が届く距離に境目がある。剣道でいう間合いのようなもので、それは広ければ良いわけでなく、最適値が存在するのだ。現実の使い勝手としてフロントウィンドーの汚れや曇りが気になるとき、手が届けばウェスで簡単に拭うことができる。そしてその距離が近過ぎない。ジムニーはこういう見識に満ちている。横方向の空間に関しては軽自動車の枠に規制されて、多少の不足を感じるが、それは法律の側の問題なので致し方ない。

今となっては質素なインパネは嫌味がなくて好感が持てる。灰皿とシガーライターを装備しているあたりに時代を感じる 今となっては質素なインパネは嫌味がなくて好感が持てる。灰皿とシガーライターを装備しているあたりに時代を感じる

 フロントウインドーの上下高さに対する目の位置も気持ちいい。昨今のクルマの中にはこの目の高さが上に偏り過ぎているクルマが普通に存在する。まずは基本の「き」である空間設計が優れている

 これと言って変哲のないシートだが、これも疲れ知らずの良質なもの。フロントに限って言えば非常に良い。リヤシートは最初からないものと思った方が良い。評価に値しない。ハンドル、ペダルの位置関係もごく自然。何ひとつとして違和感がない。

 走り出して最初に感じるのはその乗り心地の素晴らしさだ。その出自から言って、決して鷹揚な乗り心地は期待できないが、クロカンというジャンルから想像されるようなガタピシな感覚はない。硬いか柔らかいかの2択で問われれば硬いと言わざるを得ないが、最近の軽トールボックスに比べれば遙かにしなやかだ。路面の継ぎ目を乗り越えたときに上下運動を一発でひたっと吸い込むアシのしつけはすべてのクルマの見本にしたいくらいである。

 アシについてもう1つ見事なのは、タイヤがどう路面と接しているのかが常に手に取るように分かることだ。マンホールの蓋はマンホールの蓋らしく、コンビニの歩道の段差はまた段差らしく、タイヤのコンタクト状況がハンドルを通じて常にモニターできる。

 気付きにくいかもしれないが、アクセルのレスポンスも素晴らしい。素晴らしいというのはただむやみに反応が速くて大きいということではなく、意図を正確に反映するということだ。考えてみれば悪路で岩を乗り越えるときなどは、岩にタイヤを当ててからジリジリと力をかけていく。そこでレスポンスが悪ければタイヤが岩を捉える力を制御できない。あるいは、ペダル操作に対して過剰に、あるいは唐突にトルクが出てもうまく力がかからない。そういうすべてが自然でレスポンスが良い。

 これは日常的にどういうことかと言うと、例えば信号が変わって、先行車の発進に気付くのが遅れ、慌ててアクセルを踏んだ場面でも、首がガクッと持っていかれるような加速をしないということだ。迅速でありながら急変しない確かな加速をしてくれる。

 あるいは、郊外を流れに従って走っているとき、先行車の速度変化に合わせて自車の速度を自在かつ緻密にコントロールできる。荒れた路面で体を揺すられながらペダルを微操作することの難しさを考慮して、スロットルの操作ストロークこそ大きいが、踏み込み量と力の出方は常に一定で、踏めば加速して離せば減速する。融通無碍な速度制御がまったくストレスなく行える。ブレーキもまた自然。踏めば踏んだだけ減速し、緩めれば意図通りに減速度を減らせる。

 ステアリングもそうだ。恥ずかしいが正直に言おう。ジムニーに乗っている間、制限速度内でゆっくりとコーナーを曲がっている最中、筆者は幾度となく感嘆の声を漏らした。何という気持ち良さ。

 ジムニーが特に素晴らしいのは、ミスに寛容なところだ。下手なドライバーを模して意図的に変な運転を行う。例えば、道路の曲がり率に対して切り始めを遅らせ、遅れた分舵角を大きめに入れ、旋回中に増減して調整する。本来はRをできるだけ長く取って、早期に微舵角を入れ始め、コーナーの曲がり率に応じて一定速度で切り増していくべきだ。舵角の急変を避け、ひいては横力の急激な高まりを防ぐことができる。それは横Gの変化をなだらかにする操作であり、簡単に言えばボディが揺れない運転である。

 しかし、ジムニーはそういうデタラメでうねうねとしたハンドル操作に対しても、過剰な反応を見せずにボディの揺れを最小に保って走り抜けることができる。だからと言って、不感症なハンドルというわけでもない。骨太な正確さを持ちながら包容力があるのだ。

 こんな両立がどうしてできるのかは不思議としか言いようがないが、悪路走破時には体ごと大きく揺すられ、ハンドルやアクセルに意図せずに急激な入力をしてしまう場合はあるだろう。そのときいちいちクルマが反応すれば姿勢を崩してしまう。だから――と筆者は自分を納得させているのだが、アクセルを突然速く踏み込んでも、ハンドルをうねうねと操作しても過剰に反応しないしつけがジムニーには意図的に行われているのではないか?

素晴らしい前席とやっつけの後席。写真は特別仕様のランドベンチャー 素晴らしい前席とやっつけの後席。写真は特別仕様のランドベンチャー

 もちろんどんなクルマにも欠点はある。ジムニーの場合、先に記したリヤシートの出来と、高速巡航時のエンジン回転数の高さが問題だ。長距離になればエンジン騒音は確実に疲れにつながるだろうし、燃費的にも苦しくなる。さらに今や当たり前となった衝突軽減ブレーキなどの運転支援システムも装備されていないに等しい。

 しかし、クルマの本質部分において操作に極めて従順で「手足のように」扱える。ジムニーはまさにそういうものになっている。こんなクルマは他にない。そういうクルマが今、引退したのである。筆者としてもせめて原稿で、その名車を惜しんでおきたかったのである。

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