パナソニック若手有志の新たな挑戦 「香り導くサーキュレーター」発売へ南部鉄器と有田焼で作られた「現代の香炉」(3/5 ページ)

» 2018年04月23日 10時07分 公開
[今野大一ITmedia]

社内ベンチャー制度生かしパナソニックから出向

 小田が現在所属するATOUNは、もともとロボットの委託開発を手掛けるパナソニックの社内ベンチャー企業だ。小田はパナソニック時代にファンや風路設計、気流技術開発に従事し、15年5月には、メディアでも話題になった球体の創風機「Q」の開発も担当した。

phot 2015年発売の創風機「Q」

 16年10月に「香り導くサーキュレーター」を提案するべく、パナソニックの社内ベンチャー制度であるパナソニック・スピンアップファンドに応募。得意分野である送風技術などの最新技術を使い、伝統工芸と融合させた商品が作れないかと考えていた。伝統工芸はその価値を認められつつも、「意外と消費者から購入してもらえていない」と感じていたからだ。それならばパナソニックがもつ家電の技術を掛け合わせることで伝統工芸の良さを発揮した商品が生み出せるのではないかと考えたのだ。

 そんなとき、ATOUNの藤本弘道社長から「一緒に伝統工芸を事業にしないか」と声を掛けられ、17年4月にパナソニックから出向することとなった。いざ伝統工芸について調べていくと、南部鉄器は鉄瓶、有田焼は器など使用する用途が限られていることに気付かされる。そこで、工芸品を今までにない用途で使うことで新しい価値が生まれるのではないかと考えた。

 南部鉄器も有田焼も歴史を見ていくと、熱に強いこともあり、かつて「香炉」にも使われていたことが分かった。自身の持ち味である送風技術の「風」と香りは相性がいいのではないかと考えた。ただ、アロマディフューザーは世の中にすでにあふれており、いかに風の技術で差別化していくかが課題となった。

指向性スピーカーのような「香りの指向性」

 小田はできるだけ自然に近い香りを生み出したいと考えていた。強い香りではなく、花の香りが風に乗ってふわっと運ばれてくるような優しい香りだ。小田はパナソニックと付き合いがあり、調香師である山本香料の山本芳邦社長を訪ね、自身のアイデアを話した。山本社長は「もともと香りは風が運ぶもの。香りと風は親和性があるよね」と評価してくれた。

phot 花の香りも風に運ばれてやってくる

 山本社長は一般的なアロマディフューザーの課題も教えてくれた。普通のアロマディフューザーは、熱や超音波によって部屋の中全体の香りの濃度を均一にさせるのが目的となっている。だが、人間は同じ濃度の香りの中にいると、嗅覚が麻痺して香りを感じにくくなってしまうのだ。それを防ぐために一般的なアロマディフューザーはアロマの濃度を上げ下げして香りを調節している。加えて、超音波や熱を使うことによって香り自体が変質してしまうこともあるという。一方、今回の商品は風の強さを変えることで香りに強弱をつけ、弱い香りでも効率よく感じられるようにするという仕組みだ。従来のアロマディフューザーとは全く別のアプローチをとっている。風が強くなれば香りが強くなり、風がなくなると香りが弱くなる仕掛けなのだ。

 開発の中で、小田が最も苦労したのは伝統工芸の形状を崩さずに、いかに自然な形で風を送り込むかだった。例えば球体部分にネジ穴は一切空けることはできない。なるべく何もないところから自然に風が出ている感じを出したかった。そのためにはファンの部分が外観から見えてしまうとせっかくの工芸品がもつフォルムの良さを台無しにしてしまう。あくまでも工芸品の綺麗な表情を見てほしいのだが、それをどう実現するかに腐心した。

 そこでたどり着いたのが、ファンを隠しつつ風を生み出すことができる「コアンダ効果」と呼ばれる技術だ。空気や水は物があるとその表面にくっつきたがる性質がある。例えば水や箸をスプーンにたらすと、その面に引き寄せられて水が流れていく。この効果を応用し、「香り導くサーキュレーター」では、球体の中にあるファンから送り出されて側面のスリットから出た風はコアンダ効果によって球体の面に沿って流れ、「FUMA」と刻まれた中心部分から合流して流れる仕組みになっている。コアンダ効果によって、外観上は何もないところから風が吹いているように感じられるのだ。

phot コアンダ効果によって側面のスリットから出た風は、画面右側の中心部分に集まっていく

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