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» 2018年05月10日 08時00分 公開

赤坂8丁目発 スポーツ246:イチローの復帰は夢物語ではない、過去の実例 (2/4)

[臼北信行,ITmedia]

ロジャー・クレメンスは何度も復帰

 2000年代で言えば、まず右腕投手のロジャー・クレメンスだ。後年はミッチェル・リポートによる禁止薬物の使用が疑われたが、サイ・ヤング賞を歴代最多となる7度も受賞するなど間違いなくメジャーリーグで一時代を築いた大投手である。その彼はニューヨーク・ヤンキース在籍時代の2003年シーズン限りでの引退を発表。

 シーズン終盤、そして同年にチームが出場したワールドシリーズでは「現役最後の登板」として自軍はもちろんのこと敵側のフロリダ・マーリンズ(現マイアミ・マーリンズ)の選手も降板時にベンチからわざわざ出て拍手を送っていたほどだった。ところがそれをあっさりと撤回し翌04年のシーズン、生まれ故郷を地元とするヒューストン・アストロズと契約する。

 その後、クレメンスは毎年のように引退を口にし、06年は3月に行われた第1回ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)に米国代表として参加した後、2次ラウンドのメキシコ戦で敗れたのを最後に「グッドバイだ」と言っておきながらも、結局は同年5月末にアストロズと年俸約2200万ドルもの超巨額契約を結んで再契約している。

 さらに次の07年はアストロズかヤンキースか、あるいは引退か――と3つの選択肢で結論を先延ばしにしていたが、同年の5月上旬に古巣のニューヨークへ電撃復帰を決意。実戦からしばらく離れていたにもかかわらず、マイナー契約を経て再び古巣ヤンキースタジアムのマウンドへピンストライプのユニホームを着て帰って来た。ちなみに、この年のクレメンスは今年のイチローと同じ45歳を迎えるシーズンを過ごしていたことも補足しておく。

ロジャー・クレメンスは何度も復帰した(出典:MLB)

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