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» 2018年05月10日 08時00分 公開

赤坂8丁目発 スポーツ246:イチローの復帰は夢物語ではない、過去の実例 (3/4)

[臼北信行,ITmedia]

アンディ・ペティットも復帰

 ヤンキースで自身の背番号46が永久欠番となったメジャー通算256勝の左腕投手アンディ・ペティットも「カムバック」を経験している。

 2006年まで3シーズン、アストロズに在籍した後に古巣ヤンキースへ4年ぶりに復帰。10年まで6年連続2けた勝利を飾る活躍を遂げながらも、翌年2月に気力の衰えを理由として引退し、ユニホームを脱いだ。

 だが翌12年3月に再びヤンキースとマイナー契約を結んで現役に復帰。1年のブランクを感じさせることなくメジャー昇格を果たすと先発ローテーションにも加わり、41歳を迎えた翌13年には11勝を飾って2度目の引退に自ら花を添えた。

 イチローと同じ野手で一度リタイヤし実戦から長期間離れた後、再びメジャーリーガーとしてグラウンドに立ち続けた選手が2000年代後半にもいる。ゲーブ・キャプラーだ。

 現役時代はクレメンスやペティットのような抜きん出た活躍こそ遂げていないものの、今季からフィラデルフィア・フィリーズの監督に就任している人物でその名も広く知れ渡っている。それでもピンと来ない人は05年に本領を発揮できないままシーズン途中で帰国したが、実を言えばほんの少しの間だけ日本の読売ジャイアンツでプレーしていたという経歴を聞いて驚かれたかもしれない。

 そのキャプラーは日本の巨人から退団した直後の05年7月にボストン・レッドソックスと契約を結び06年までプレーした末、同年のオフに引退。07年はレッドソックス傘下の監督としてチームの指揮を執っていたが、再び同年9月に「選手たちと接しているうちに気力が蘇ってきた」ことで現役復帰を表明した。

 1年間のブランクがあったにもかかわらず、翌年からミルウォーキー・ブルワーズで再びメジャーリーガーとなり、98試合に出場して規定打席未満ながら打率も3割以上残している。マイナーでの監督業を務めていた間も趣味のボディビルにいそしみ、選手たちに混じって打撃と守備の両面の練習もこなしていたことでブランクがありながらコンディションと技術の衰えにはつながらなかった。

アンディ・ペティットも大リーグに復帰した

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